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(一)
朝日を受けて輝く水面で、小石が跳ねた。
小石はウシワカが投げたものだ。三つ四つ跳ねたところで、鴨川の流れの中へ吸い込まれるように沈む。近くで羽を休めていた白鷺が、驚いたように飛び立った。
ウシワカの背後、河原の草が繁茂したところに、カイソンとシンキチが並んで座っている。
「もしも。もしもだぜ。シンキチ」
シンキチに背中を向けたまま二つめの小石を拾いながら、ウシワカが言った。
「もし、母上が夜な夜な黒ずくめの恰好をして、道行く武者たちから刀を強奪してるとしたら、どうなると思う?」
ウシワカはシンキチに向き直った。
カイソンが立ち上がった。
「おいおい、ウシワカ。息子さんにそんな疑ぐるようなこと言っちゃっていいのかよ」
ウシワカは構わず続ける。
「俺、いや俺たちは、黒ずくめの怪物の正体はお前の母上だと睨んでいるんだ。今のところ、明確な証拠はないけど、状況証拠はある。ずっと刀の強奪をやってりゃあ、いつかは発覚する。発覚したら、どうなる?」
「…」
シンキチは、口をへの字に曲げ、黙った。
「発覚したらここに検非違使の連中がやって来る。いくら強い奴だって、奴らに包囲されたらとっ捕まるぜ」
シンキチは立ち上がった。顔面が蒼白になっている。
「もし、捕まったらどうなります?」
ウシワカはシンキチの眼をまっすぐに見つめた。
「当然、打ち首だ。命が助かる可能性は絶無だ」
「そんな…」
やや間を置いて、ウシワカは言った。
「お前、母上を助けたいだろ」
「もちろんです」
シンキチがうなずいた。
「なら、ひとつだけ方法がある」
「どんな方法ですか」
シンキチはウシワカに駆け寄り、縋り付いた。
「お前が母上を見張るんだ」
「見張る?」
「夜中に母上が外出しないかどうか、見張るんだ。外出しそうになったらお前が制止する。愛する息子に自分の悪業を知られたくはないはずだから、お前が制止すれば外出はしない。外出しなけりゃ刀狩りはできないだろ」
「なるほど。それなら確かに、もし母が黒ずくめの正体だとしても、これ以上刀狩りを続けることはできなくなりますね」
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