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「シンキチさん、どこです!」
カイソンが叫んだ。
「ネエさん、いるかい?」
ウシワカが声を高める。
「家の裏かもしれない。回ってみよう」
ウシワカが駆けながら、あばら家の後方へ向きを変える。
カイソンが無言でうなずき、ウシワカの横に並んで、走る。
「あっ」
「うわあっ」
二人は同時に立ち止まった。
カイソンは後ろ向きに転び、尻餅をついている。
「こ、これは」
カイソンはあばら家の裏手を、指さした。
浅葱色の狩衣が、あばら家の外側にぶら下がっている。
狩衣は背中側から刀で 左右の肩、心臓のあたり、左右の脇腹の五か所を貫かれ、あばら家に縫い付けられた形になっている。
貫かれたところからは、おびただしい量の血が流れていた。
狩衣は、夕方シンキチがタケノコ粥を二人にふるまっていた際、身に着けていたものだ。
「シンキチさん!」
カイソンが起き上がり、口に手を当てた。
「シンキチさん。どこですか」
返事はない。
「くそっ」
ウシワカは地団太を踏んだ。
「ネエさんもいねえ。て、ことは…」
「くそっ。俺が甘かった」
ウシワカはシンキチの狩衣にすがり付いた。
「俺たちの目論見に気が付いて、ネエさんはシンキチを殺して、逃げた。この状況からして、そうとしか思えねえ」
「まさか…」
カイソンは持っていた刀を、取り落とした。
「まさか…。それはねえだろ。愛する息子を手にかけるなんて」
「まさかだけど、それしかありえねえ。俺たち交代で橋の上で見張ってたけど、橋の下へ降りてく奴はいなかったはずだ」
「ネエさん、俺たちが検非違使に密告すると思い込んで、息子を殺してしまったってことか」
「そうだよ。くそっ。くそっ」
ウシワカはあばら家に縫い付けられていたシンキチの狩衣から、刀を引き抜いた。
血に塗れた刀を投げ捨てると、狩衣を愛おしそうに胸に抱いた。
「俺の甘さが、シンキチを殺してしまった。そしてネエさんを子殺しに落としてしまったんだ」
ウシワカは狩衣を抱きしめると、大粒の涙を流した。
「お前ひとりの責任じゃない。俺も軽い気持ちで、お前の作戦に乗ってしまった。まさか、こんなことになるなんて…」
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