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(一)
翌、深夜。
五条大橋の上を、ゆっくりと歩む稚児の姿があった。
稚児を照らすのは、ほのかな月光のみ。深閑とした薄闇が辺りを包んでいる。
静けさを僅かに破るように、稚児は横笛を吹いていた。
ウシワカである。
「こうして見るとキマッテるよなあ」
橋の渡り口近くの草叢に姿を潜めるカイソンが、ため息をついた。
「どこでおめかししたんだか聞かなかったけど…。稚児ってよりも女の子みたいだ」
しずしずと歩むウシワカを、カイソンはうっとりと見つめていた。
純白の小袖に唐綾を重ね、その上に水色の帷子。
純白の袴。唐織物の直垂。
色白の頬に薄く化粧を施し、眉を細く書き、髪をたかく結い上げている。
頭部から肩にかけて被衣をかけたその姿は、美少年というより空から舞い降りた天女のようである。
腰には、黄金づくりの太刀を帯びている。
「まずはキラキラの平家の公達の格好をして、黒ずくめを油断させる。その上で金の高級そうな刀を差してりゃ、必ずやつは欲しがる。気が緩んだまま寄って来たとこを、すかさず叩く」
それが、ウシワカの作戦だった。
「俺は?」
カイソンは自らを指差した。
「見てるだけでいいのか?」
ウシワカは笑みを浮かべてうなずいた。
「もちろんだ。黒ずくめは俺一人で倒す。お前は手出しするな」
「大丈夫なのか」
「ああ」
念を押すカイソンに、ウシワカは改めて深々とうなずいた。
(本当に大丈夫なのか)
草叢に隠れてウシワカを見つめるカイソンに、不安がよぎった。
(黒ずくめはシンキチさんを殺しちまったんだぞ。黒ずくめの正体が刀売りのネエさんだとすると、息子殺しだ。自分を検非違使に売り渡すつもりって思いこんだら、実の息子だって殺しちまう。まして、他人の俺たちの命を取るのにためらいはないはずだ)
カイソンの背筋に、冷たいものが走っていた。
カイソンは首を振った。
「いや。怖かねえ。怖かねえよ」
自らに言い聞かせるように、あえて声を出す。
(手え出すなって言われたけどよ。もしウシワカが危なくなったら、俺も一緒に戦うんだ)
カイソンは腰に差した刀に手をやった。ウシワカが予備として所有していた刀を借りたのだ。
「怖かねえ。いざとなったら俺の力で黒ずくめを倒してやる」
つぶやくカイソンの膝ががくがくと震えていた。
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