第3話

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 (現れたな)  横笛を吹きながら、ウシワカは被衣を通して前方にぼんやりと浮かぶ、黒い影を認識していた。  黒ずくめである。  黒い鼻緒の下駄に黒い衣。黒塗りの太刀となぎなた。黒い頭巾をすっぽりと被り、眼だけをらんらんと輝かせている。六日前に対峙した時と、全く変わらない姿だ。  黒ずくめは、なぎなたを持したまま、橋の中央で仁王立ちした。  手を広げ、ウシワカの進路を遮る。  ウシワカは黒ずくめの存在を無視するかのように、笛を吹くのをやめず、まっすぐに進んでゆく。  黒ずくめが、動いた。  なぎなたを物凄い速さで、びゅんと振る。  その切っ先が、ウシワカの眼前に向けられた。  ウシワカの足が止まる。  横笛を口から離し、笛の音が止まった。  黒ずくめは無言のまま、右手でなぎなたを持ったまま、左手でウシワカの刀を指差した。  指差した指を、さらに橋の床に向ける。無駄な抵抗をせず、刀を置いてゆけとウシワカに命じているのだ。  次の瞬間。  ウシワカの笛が、宙を舞った。  ウシワカが黒ずくめの顔面に向け、投げつけたのだ。  黒ずくめはなぎなたで笛を跳ね飛ばす。笛が真っ二つに割れた。  跳ね返す勢いのまま、なぎなたの切っ先をウシワカに向ける。  その時。  ウシワカが、消えた。  ウシワカが被っていた被衣だけが、宙を舞っている。  ウシワカを貫くはずの切っ先が被衣を貫き、黒ずくめは前につんのめった。  ウシワカは、橋の欄干に立っている。目にもとまらぬ速さで飛んだのだ。  体勢を整え直した黒ずくめのなぎなたが、今度は欄干へ向かう。  またもウシワカは消える。  いつのまにか、黒ずくめの背後に立っている。  「こっちだ」  ウシワカが手を叩くと、黒ずくめは振り向いた。  みたび、なぎなたがウシワカを襲う。  ウシワカは、前方に跳躍した。  なぎなたをまたもや空振りし、前のめりに倒れかける背中に着地する。  黒ずくめはうつぶせに倒れた。  ウシワカは黒ずくめの背に左足を乗せ、腰に差してあった金の刀を抜いた。  刀の切っ先を、黒ずくめの頭部へと向ける。  「どうだ。俺に降参するか」  黒ずくめは、うつぶせのまま首を振った。  「ふん。まずはその頭巾で隠した顔を、見せてもらうぜ」  ウシワカが左手で黒ずくめの頭巾を脱がそうとした時である。  黒ずくめの背中が、波打った。
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