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(一)
「俺の父ヨシトモはな。俺が二歳の時、平家のキヨモリという男と戦って敗れ、逃げる途中家来に裏切られて、死んだ。だから、父の記憶はない」
くぐもった声で、ウシワカが言った。
「俺は、平家方に捕まり、自分の素性を一切知らされぬまま、キヨモリの子として育てられた。が、十一歳になったあるとき、人生が大きく変わった。鞍馬の天狗様に出逢い、引き取られたのだ」
ウシワカは黒ずくめから片時も視線を離さず、語りかけ続ける。
「俺は天狗様から、俺の本当の素性を聞かされた。平家に騙されてたのを知っちまったって訳だ。それまでこれが自分だって信じてきたものがすべて覆っちまった」
ウシワカの声が、次第に大きくなってゆく。眼が、充血し始めていた。
「父親と信じていた男が実は本当の父の仇。それが、キヨモリと平家に対する激しい憎悪を生んだ。そして、真実を知らぬままのうのうと生きてきた自分自身に、やりきれない怒りを覚えた。その時俺は誓ったのよ。一生かけても、父ヨシトモの仇である平家を俺の手でブっ倒してやろうってな」
ウシワカは拳を握りしめた。拳から薄い煙が立ち上りはじめる。
「俺は天狗様の弟子になった。平家を己の力で倒せるような力を身につけるためにな」
黒ずくめは、黙ったままだ。黒ずくめもまた、片時もウシワカから視線を外さない。
「俺は天狗様のもとで毎夜毎夜、人が全く来ることがない鞍馬の山奥で、厳しい修行に明け暮れた。俺を動かしていたのは、憎悪と怒りのみ。ろくでもないだろ。まだ声変わりもしねえガキが、ドロドロした醜い感情に駆られて真っ暗闇の中で人を傷つけるための修行なんてよ」
黒ずくめは無言のまま動かず、まばたきさえしない。
「だがな。俺は普通じゃなくてもいい。孤独でもある。心を許せる友達なんて、ここにいるカイソンくらいだ。いびつでも孤独でもいい。己の究極の目標である、平家打倒が果たせるならそれでいいって決めたんだよ。それが俺の人生ならな」
ウシワカの拳から立ちのぼる煙が、大きくなってゆく。
「だからな。平家打倒を果たす前に、俺はこんなところで朽ち果てるわけにはいかねえんだ」
ウシワカはカイソンに向き直った。
「わりいがちょっと離れててくれ。危ないんでな」
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