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ウシワカの拳の煙から、深紅の炎が現れ始めていた。
(二)
拳から発したウシワカの炎は、腕へ、肩へ、胸へ、腹へ。そして全身へと広がってゆく。
ウシワカの体を、紅蓮の炎が覆い尽くしていた。
「見たか。これが鞍馬の天狗様から伝授された究極の技、『不動明王』だ!」
「ウシワカ。熱くねえのか?」
カイソンはまた、尻餅をついた。尻を地べたにつけ、後じさりしながら声をかける。
「俺自身は全く熱くねえ。この炎は俺の体に秘められた活力を熱に変えたものだからな」
炎の中で、ウシワカは笑った。
「さて。そこで、黒ずくめさんよ」
ウシワカは黒ずくめに向け、一歩踏み出した。
「俺はこの炎でお前を焼き尽くすこともできる。どうだ? 俺に降参するか」
黒ずくめは首を振った。
新たに生えてきた、四本の腕が同時に振られた。
鋭い爪が再び空を切り、ウシワカを取り巻く炎へと向かう。
ジュッ。
有機物が焦げる臭いが広がった。
黒ずくめが放った爪が、ウシワカの体に達する前に、炎で燃え尽きたのだ。
のみならずすでにウシワカの足に刺さっていた十数本の爪も、炎に熱せられて燃え、気体となって蒸発をはじめている。
「すげえ。爪が蒸発すると同時に、傷口が塞がっていくぞ」
カイソンはウシワカの足を指さし、目を剥いた。
ウシワカは黒ずくめに向け、さらに一歩を踏み出す。
「さあ、どうする? 降参するか」
黒ずくめは、後じさりをはじめた。
黒ずくめの後ろは、橋の欄干である。
黒ずくめと欄干の間が、じりじりと詰まりつつあった。
黒ずくめは振り返り、橋の下の川に目をやる。
「無駄だ。もう逃げられないぜ。さっき草叢に隠れる前にお前の小舟を見つけて、舫い綱を切っちまったからな。お前の船はとっくに下流へ流されてるぜ」
カイソンが叫んだ。
「カイソン。よくやってくれた! これで黒ずくめは完全に逃げられねえ」
ウシワカが叫んだ。
黒ずくめは、すでに欄干に背中が付いている。手を伸ばせば届くところまで、ウシワカは黒ずくめを追い詰めていた。
「覚悟しな!」
ウシワカはさらに一歩進んだ。
両腕を黒ずくめの背中に回し、包み込むように黒ずくめを抱きしめる。
黒ずくめの法衣に炎が移り、布が焦げる臭いがし始めた。
「熱い…。熱い」
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