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黒ずくめの法衣から、赤い炎が立ち上がりはじめる。
これまで終始無言だった黒ずくめが、はじめて声を発した。巨体に似合わぬ甲高い声である。
ウシワカの炎は、欄干に燃え移った。
欄干に、たちまち炎が広がった。脆くなった欄干の一つが寄りかかる二人の体重を支え切れなくなり、折れ散った。
支えを失った二人が抱き合ったまま、欄干のあったところを乗り越え、橋の下へと落下する。
「ウシワカ!」
カイソンは立ち上がった。
(三)
東の空が次第に明るくなってきている。
五条大橋の下、鴨川が流れる橋の下の河原で、黒ずくめがずぶ濡れのまま、横たわっていた。眼は、閉じられている。気を失っているようだ。
水をかぶり炎の消えたウシワカが、そのかたわらに座り、川の水で顔を洗っていた。
黒ずくめの法衣は焼け焦げ、ほうぼうに穴が開いている。
胸元に大きく開いた穴から、抜けるように白い肌に包まれたふくよかな二つのふくらみが垣間見えていた。
ウシワカは黒ずくめの頬を、頭巾の上から軽く叩いた。
黒ずくめが薄眼を開ける。
「いやっ。恥ずかしい」
胸があらわになっているのに気づくと、黒ずくめはとっさに両腕で胸を隠した。
「やっぱりお前、女だったんだな」
ウシワカがささやいた。
「シンキチ」
「えっ? シンキチさん?」
その言葉に誰よりも驚いたのは、橋の脇にある階段を伝って降りてきたカイソンだった。
黒ずくめは胸から右腕のみを離し、自ら、顔を覆っていた頭巾を脱いだ。
眼元がすずやかで、眉が整い、鼻筋が通った美貌の青年の顔が、そこにあった。すでに三つめの目は消え失せている。体が縮み、背中から生えてきた腕もなくなっていた。
「ウシワカさんは、黒ずくめの正体が私だと、気づかれていたのですね」
シンキチは改めて両腕で胸を隠し、ウシワカの眼を見た。
「ああ」
「話の前に、その恰好じゃ苦しいだろ。これ、着なよ」
カイソンは着ていた法衣を脱ぎ、シンキチの前に差し出した。
「そうだな。気がつかなくて、すまねえ。正直俺も、今の戦いで疲れ切っちまっててな」
ウシワカはシンキチに向け、手を合わせた。
「ありがとうございます。カイソンさん」
シンキチは起き上がり、カイソンから法衣を受け取ると、自らの体を覆った。
姿勢を正して、河原に座る。
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