第1話

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 「だって、殆ど捕まえてたじゃねえか。なんで、みすみす逃がした」  「わりい。お前の刀取り戻せなかったな」  ウシワカは頭を下げた。  「いや。それはしかたねえ。俺が力負けしたんだからな…。それよりお前、なんかびっくりしてやつを離しちまったように見えたぜ」  「けっ。ばれたか」  ウシワカはカイソンから視線を逸らすと、腕組みをした。右手を左腕の上で開き、小指をせわしなく動かし始める。  「情けない話だがな。びっくりしちまったんだ」  「びっくりした? 何に?」  「後ろからやつの胸目掛けて抱きついた時、触れたんだ。柔らかいものに」  「柔らかいもの?」  「たぶん、乳房だ。柔らかくて、ほんのり膨らんでる感じでな。それで不覚にもびっくりして、離しちまった」  「ええっ? 何言ってんだよ」  「あんだけ大柄で、長いなぎなたを振り回す馬鹿力。飛んでくる矢を跳ね飛ばす瞬発力。ちょっと信じがたいがな。やつは、女だ」      (二)  「少なくともやつは人間じゃねえ。夜叉とか物の怪とか、そういう化けもんの類だ。おっぱいがあったとしたら、雌の妖怪だ」  住まいである鞍馬への帰途、ウシワカと並んで歩くカイソンが言った。  「そうかな。俺にはどうもそうとは思えないんだ」  ウシワカは、口数が少なくなっている。  下を向き腕を組んで、考え込んでいる。  「だいたい、人間であんな馬鹿力の女がいると思うか? 長いなぎなたをぶんぶん振り回すわ。俺を小刀で大刀ごとぶっ飛ばすわ。あれが普通の人間、しかも女だったら俺、気が変になるぜ」  「うん、まあな。ありえないっていえばありえないが」  「うんまあなじゃねえよ。ないない。絶対にない。物の怪の中にも外見上は女の形をしてるやつもいる。そんな感じだろ」  「いや、でもな…。触った胸の感じがとってもふわふわで優しい感じでな。どうしても化け物とは思えないんだ」  「はは」  カイソンは笑った。  「俺もお前も、お寺で修行中の身だろ。女なんて口も利いたこともない禁欲の塊だ。俺もそうだけどよ、ふわふわで優しいなんて、お前も女に幻想を抱いてんだよ。だから変な錯覚しちまったんだ」  「幻想? そんなことねえよ」
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