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「だって、殆ど捕まえてたじゃねえか。なんで、みすみす逃がした」
「わりい。お前の刀取り戻せなかったな」
ウシワカは頭を下げた。
「いや。それはしかたねえ。俺が力負けしたんだからな…。それよりお前、なんかびっくりしてやつを離しちまったように見えたぜ」
「けっ。ばれたか」
ウシワカはカイソンから視線を逸らすと、腕組みをした。右手を左腕の上で開き、小指をせわしなく動かし始める。
「情けない話だがな。びっくりしちまったんだ」
「びっくりした? 何に?」
「後ろからやつの胸目掛けて抱きついた時、触れたんだ。柔らかいものに」
「柔らかいもの?」
「たぶん、乳房だ。柔らかくて、ほんのり膨らんでる感じでな。それで不覚にもびっくりして、離しちまった」
「ええっ? 何言ってんだよ」
「あんだけ大柄で、長いなぎなたを振り回す馬鹿力。飛んでくる矢を跳ね飛ばす瞬発力。ちょっと信じがたいがな。やつは、女だ」
(二)
「少なくともやつは人間じゃねえ。夜叉とか物の怪とか、そういう化けもんの類だ。おっぱいがあったとしたら、雌の妖怪だ」
住まいである鞍馬への帰途、ウシワカと並んで歩くカイソンが言った。
「そうかな。俺にはどうもそうとは思えないんだ」
ウシワカは、口数が少なくなっている。
下を向き腕を組んで、考え込んでいる。
「だいたい、人間であんな馬鹿力の女がいると思うか? 長いなぎなたをぶんぶん振り回すわ。俺を小刀で大刀ごとぶっ飛ばすわ。あれが普通の人間、しかも女だったら俺、気が変になるぜ」
「うん、まあな。ありえないっていえばありえないが」
「うんまあなじゃねえよ。ないない。絶対にない。物の怪の中にも外見上は女の形をしてるやつもいる。そんな感じだろ」
「いや、でもな…。触った胸の感じがとってもふわふわで優しい感じでな。どうしても化け物とは思えないんだ」
「はは」
カイソンは笑った。
「俺もお前も、お寺で修行中の身だろ。女なんて口も利いたこともない禁欲の塊だ。俺もそうだけどよ、ふわふわで優しいなんて、お前も女に幻想を抱いてんだよ。だから変な錯覚しちまったんだ」
「幻想? そんなことねえよ」
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