23人が本棚に入れています
本棚に追加
ウシワカは両腕を伸ばした。
前方に、太い綱が垂れている。
ウシワカは綱をがっちりと掴んだ。
大きな穴の上で二人が綱に取りつき、宙吊りの格好となった。
「ウシワカ。久しぶりだね。気分はどうだえ」
穴の向こうから、くぐもった声が響いた。うす暗くはっきりとは見えないが、背が高くがっしりとした大きな人間の影が揺れている。
「ああ。いい気分だとも」
ウシワカが笑って答えた。
暗がりに眼が慣れるにつれ、二人の視界に穴の向こうに立つ女の姿がはっきり映り始める。熊の毛皮のようなものを羽織り、その下に毛皮とは不釣り合いな百合をあしらった小袖を身につけている。
「おい。ウシワカ」
ウシワカの背中に縋りついているカイソンが、消え入りそうな声で囁いた。
「穴の下、すげー深くてはっきりとは見えねえんだけどよ。なんか骨が…人骨みたいのがいっぱい転がってるぜ」
「うん。まあな」
「こりゃあ、ただの脅しだ。変な奴が入って来ないようにな」
「人の骨だらけの落とし穴作って、どっちが変なやつだよ」
「まあ、任せとけ」
ウシワカは軽く頷くと、穴の向こうの女に視線を向けた。
「こいつは俺のダチなんだ。怪しい奴じゃないから、床上げてくれよ」
「はは。そうかいそうかい。ちょっと待ってな」
女は傍らにぶら下がっている綱を引いた。
滑車で上げ下げができる仕掛けになっているのだろう。ウシワカたちの下に開いていた床がゆっくりと持ち上がり、やがて閉じた。
ウシワカはカイソンを背負ったまま、床に飛び降りた。
ウシワカから離れたカイソンは力が抜けたように、尻もちをつく。
「朝メシ、食ってきたかい?」
二人は揃って首を振った。
「なら、御馳走してやる。刀の部屋で待ってな」
女は一方的に言い残すと、奥へ入った。
「すげえ、刀の数だな」
ウシワカとカイソンの二人が待つことを言い渡された「刀の部屋」。畳敷きならば八畳ほどの広さの土間だが、四方の壁を埋め尽くすかのように黒塗り、白塗り、朱塗りなど色彩も鮮やかな無数の刀が並んでいる。
「あのネエさん、これを売ってるわけだよな」
カイソンが刀が並べられている壁を指差しながら、ウシワカの顔を見た。
「そうだよ。この部屋がネエさんの商いの場だ。ここに客を通して、刀を選ばせて売ってる」
最初のコメントを投稿しよう!