第1話

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 粥を口に運ぼうとしていたカイソンが、思わず粥を吐き出す。  横に座っているウシワカを肘で小突く。  (おい。なんでわざわざ、そんなこと言っちゃうんだ)  もし、ネエさんが黒ずくめなら、喧嘩を売るようなものだ。  「そうかい」  ネエさんのほうは、全く動じていない。  「ぐっすり寝てるからね。全然気付かなかったよ」  「でも、黒ずくめは橋の下、ちょうどこの家の眼の前にあらかじめ小舟を停めていて、それに飛び降りて逃げたんです。眼の前に小舟があったら気付きませんか?」  カイソンの思いを全く無視するように、ウシワカが続ける。  「さあねえ」  ネエさんが顎に手を当て、首をひねった時である。  「そこひなき 淵やは騒ぐ 山川の 浅き瀬にこそ あだ浪はたて」  あばら家の川岸に近いあたりから、朗々と美しい声が響いた。  ややあって三人が座っている刀の部屋へ、浅葱色の狩衣を着た青年が入って来た。  「古今和歌集 巻十四、素性(そせい)法師です」  青年は色白。中肉中背。烏帽子をかぶり、右腰に朱塗りの刀を帯びている。  目元がすずやかで、眉が整い、鼻筋が通った美貌だ。  「底知れない深さの淵は騒いだりしません。山川の浅い瀬にこそ、いたずらな波が立つのです…といった意味だね」  ウシワカが青年を見て言った。  「そう。それと同じです」  青年は歌うような、やや甲高い声で応じた。  「耳を澄ませて川の流れる音を聴いてください。ざわざわと聴こえませんか」  一同は黙り込み、耳を川の方へ向けた。鴨川と呼ばれる、大きな川である。  「なるほど、じゃばじゃばっていってる」  ややあって、カイソンがつぶやいた。  「この家がある側は川の浅い方。小舟を停めるとしたら深い方。つまり対岸です。ですからこの家にいて気付かないのは当然」  「なるほど。古い和歌に当てはめて現実を解釈する。教養あるなあ」  カイソンが何度もうなずき、感心している。  「ウシワカ。このひとも知り合いなわけ?」  「ああ」  ウシワカは首肯した。  「ネエさんの息子さ。シンキチっていうんだ」  「え。このネエさんの息子さん?」  (不気味な女の息子なのに、全然似てねえ…。なんて知的ですがすがしい)  カイソンは内心でいぶかったが、もちろん口にはしない。
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