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一章 分からない気持ち、届かない声
――あれから六年。
僕と歌音は市内の同じ高校に通っている。
今は二年生。高校生活に新鮮味もなくなって、受験のストレスもまだ感じない。
気が抜けているなと、自分でも感じていた。
歌音の家の玄関を背に、彼女が出て来るのを待つ。
〈おはよう〉
聞きなれた無機質な女性の声がイヤホンから流れた。
振り返ると、携帯を片手に歌音が立っている。
腰の近くまで伸びた黒くサラサラな髪が風に揺れていた。吸い込まれそうなくらい大きな眼に高い鼻、細い顎。十分に美人の部類に入るだろう。端整な顔立ちと言ってもおかしくない。いや、大きく開く口だけは端整とは言い難いかもしれない。けど、大きな声を出す為だけに神様がそこのパーツだけ差し替えた様に思えて、僕はその大きな口も歌音らしくて良いなと思っていた。
セーラー服はいつ見ても良く似合っている。歌音の身長は160センチで止まって、僕は彼女を一気に追い越して173センチになっていた。
歌音が携帯を操作して文章を打つ。
〈待った?〉
歌音が携帯に文章を入力すると、僕のイヤホンからその文章が読まれる。いちいちスマホを見る必要もなくて、チャットと同じような速さで会話が出来る。
「いや、そんなに。いつもの事でしょ」
この会話方法にも慣れたもので、なんの違和感も感じなくなっていた。
歌音は微笑みながら自転車に跨る。
「それじゃあ、行こうか」
そう言って、自転車を進める。歌音は僕の後を着いてくる。
僕は細い道や車が傍を通った時には後ろの歌音を確認する。
自転車に乗っている間は会話が出来ない。
どうしても話す必要がある時には僕が疑問形で聞くと、歌音が自転車のベルを鳴らす回数でイエスかノーの返事をする。一回鳴らせばイエス、二回ならノーという感じだ。
「響くん、歌音ちゃん、おはよ」
教室に入ると、初日(はつひ)がいつもの様に挨拶をくれた。
「おはよ」
僕も短く返して、歌音も笑顔で手を振って挨拶を返した。
初日は僕と歌音がお世話になっている心療内科の初日(はつひ)先生の一人娘で、縁があったのか去年から二年連続で同じクラスだ。
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