『死区』

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学園刑事物語 天神四区 五 『死区』 第一章 瓶詰の空  部活動が終わり、その片付けも終わると夜に近くなっていた。一年はいつも、帰りが最後になる。日は長くなっているというのに、もう星も微かに見えている。  いつも一緒に帰る湯沢に、買い物があるから先に帰っていいよと伝えると断られた。 「印貢は、買い物に行くと言って、まともに帰って来た事がない!俺も行く」  静かな少年だった湯沢も、最近はずいぶんと主張が強くなった。俺も、確かに寄り道が多くまっすぐに帰れない性分ではあるが、買い物くらい自由にさせてほしい。 「……何を買いに行くのですか?」  静かになった校庭の横の道を、俺と湯沢は自転車を押して歩いていた。ここから、家のある天神区までは、電車では一時間、自転車では三十分かかる。  電車は路線が異なり、遠回りなうえに、乗り換えが二回ある。自転車の方が、時間が短くて済むので通学は自転車であった。  でも、ここから天神区までは住宅街を抜け、山を登るので店がない。買い物をするには、逆方向に行き、駅前のショッピングセンターに行かなくてはならない。  自宅のある天神区は、有名な寺社が連立していて人通りは多いが、景観の問題なのかコンビニも食品を売るスーパーマーケットもない。参道には、土産は売っているが、他の品物はない。 「春留(はるる)はキャベツが好きだから、買って行こうと思う」  春留は兎であるが、同居人のようになっていた。話し相手でもあるし、兎であるが番犬も兼ねている。今日は、キャベツを買ってくると約束してしまっていた。 「キャベツですか」  湯沢の家は、俺の家の隣であった。湯沢漬物店という老舗の漬物店だが、今は工場は別の場所へ移動し、販売店として参道に残っている。  湯沢は、両親と隣に住んでいた。工場は、湯沢の兄が経営している。 「季子さんは、春留にちゃんと栄養の偏らない食事を用意するのだけど、春留も我儘だから」  春留は、キャベツを見ると、必死で独り占めしようとする。誰もキャベツを取らないのだが、俺に威嚇までしてくる。その姿が面白いので、ついついキャベツばかり食べさせてしまう。  スーパーで捨てる葉を貰ってきたりもするのだが、やはり、柔らかい葉を食べさせてあげたい。 「印貢も、動物には甘いよね」
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