雨夜の月

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 立ち止まった彼が俯き加減で何かを見ているようだ。しばらく、その様子を覗っていた自分の右手の中で、何か硬い感触の物が細かく震えているのが分かった。  おもむろに右手を上げてみる。そこには軽く握られた赤い携帯電話があった。これは自分がとても大切にしているものだ。その鈍く光沢を放つ携帯電話を開いて、白い画面を瞳に映した。  ――わかりました。これからのことは二人だけの秘密にします  この短い文章に、あのときの自分は飛び上がらんばかりに胸が高鳴ったのを覚えている。今だってそうだ。あの大人しく控えめな彼が自分を受け入れてくれたのだ。ただ、性的嗜好が同じだからというわけではない、何か誰にも打ち明けられない秘めた想いを軽く出来たような安堵感もあった。  月明かりの下で立ち尽くす彼の後ろ姿。  もう気持ちは急くばかりだ。今の自分の姿がどんなに惨めでも面変わりしていてもいい。後悔と絶望と深い恋情だけが体中を駆け巡る。ただ彼に触れたい。彼の笑顔を見たい……。  空には輝く月が見えるのに、耳鳴りのような雨の音。遠く雷鳴まで響いてくる。そうだ、もうすぐ雨になる。愛しいひとが濡れてしまう……。  彼の言葉を表示する液晶画面を握り締める手。指先でさえ痩せてしまって骨ばかりだと思っていたのに、それは節のしっかりした指だった。点滴の針を腕に刺すことも困難になって、手の甲へと薬液を入れるようにしていたのに、いつの間にかテープで固定されていた針は無くなっている。  着ていたのは確かパジャマにカーディガンだ。でも、今、この体を纏うのは気に入っていた薄いピンクのシャツとチャコールグレーのスーツ。そしてやはりお気に入りだったネクタイを締めていた。  ――どうして、こんな格好を? ……でも、こんな違和感は今はどうでもいい。  足早に彼の背中に近づいていく。襟足から覗くうつ向いたうなじが月の光を浴びてさらに白く浮かんでいる。  もうすぐ、もうすぐ、もうすぐ……。
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