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「あ」
沈黙で満ちていた部屋の中に、低い声が響いた。
ベッドの上に座る女はその一音の響きに反応して、目線を上げる。
フローリングの板の目ばかり見つめていた目に声の主である男の姿を映すと、女は大人しく次の言葉を待った。
「また昨日のまま」
言いながら、男はその長く太い指で壁に掛けてある日めくりカレンダーを1枚剥がす。
“また”などと言いつつも、その声に呆れの色は無く、どちらかと言えば揶揄うような調子。
慣れた手つきで剥がした1枚をくしゃくしゃと手の中で丸めていく。
動きのしなやかさとは対照的に粗雑に丸められた紙を見て、女は一瞬眉を顰め、口を開く。
「捨てないで」
屑入れの真上にある手は、声を受けてくしゃくしゃの紙を握り直した。
一度女に目を向けたが、視線が合っただけだった。
男は紙を広げ、今更元の状態には戻せないことを知りつつも、指で皺を伸ばしてみる。
「もしかして、彼氏との記念日とかだった?」
皺だらけの紙を女の前に差し出しながら、男は悪びれるでもなく嘲るでもなく聞く。
女はそれを受け取りながら、
「そんなんじゃないわ…」
突き放すような言葉を、縋るように零した。
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