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女の声は少し不満げに、切なく響いた。
男はそれに気付いてこそいるものの、何故かと問うても、女がその答えを明らかにしないであろうことを分かっている。
だから、男は決して女に問いかけない。
ただ頭を撫で、乱れた黒髪を手櫛で軽く整えてやると、椅子の上のネクタイを拾い上げた。
「無精も大概にしとけよ?あんまりモノグサだと、彼氏にも愛想尽かされるぞ」
ネクタイを締めながら、冗談交じりに男が言う。
女は喉元まで込み上げた、そんなものはいない、という否定の言葉を飲み込み、結局また何の返事もしないまま沈黙に身を委ねた。
情事の後はいつもこうだ。
部屋の中を沈黙が満たし、女はその沈黙の中に埋まる。
男はその沈黙が嫌いではないし、まともに口を聞こうとしない女に別段腹を立てるわけでもなく気儘に自分の準備を済ませる。
つい数分前まではお互いに求め合い、熱に身を焦がし、快楽に溺れていたというのに。
男は先程までの昂りの残存すら見せず、かっちりとスーツを着て、コートを羽織る。
「カレンダーくらい、ちゃんとめくりな」
責めるような厳しさも、諭すような真摯さも持ち合わせていない軽い言葉。
それが聞きたくて、いつもカレンダーをめくらずにいるなどと言ったら、きっともう会ってはくれないだろう。
男が消えた後の部屋の中で1人、女はまた、布団の中に身を埋めた。
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