2人が本棚に入れています
本棚に追加
背を向け走る私に初めて名前を呼んでくれた。
嬉しくて、顔がニヤけているのに、悲しくなった。
逃げてしまった。何も言わず、走ってしまった。
目があっていたのに、名前....呼んでくれたのに。
汗まみれで、ユニフォームが濡れていて....髪も乱れていて....見られたくなくて....近づかれるのが怖かった。
上の空で体育館に戻る。
部活に身が入らない。
走り去る私の後ろで彼はどんな顔をしていたのだろう。
みんなが叫んだ。
心臓が1回大きく脈をうち息を飲んだ。
すごい音と同時に体に痛みを感じ我にかえった。
怪我をしてしまった....
コーチが投げる言葉も今は何も受け止められない。
家に帰り、ベッドの上。
昨日とはまったく違う心境。
なんとも言えない喪失感に襲われた。
朝が来て学校へ向かう。
体の痛みを感じる度に昨日の事を思い出す。
痛みを感じる度に....何度も。その度に....。
会いたくない。
帰りたい。
何度家に引き返そうと思ったか。
重い足で一生懸命進んだ。
重い気持ちのまま放課後を迎えた。
体の痛みを理由に部活をさぼり、あの桜の木に急いだ。
誰もいない。
ベンチに座りただ夕日が照らす桜を眺めた。
きれいだった。とても。
日が沈み桜は雰囲気を変え、またとてもキレイだった。
初めて知った。
好き。
好き。
こんな気持ち。
明日はきっと....
すると声が聞こえた。
彼だ。私に問いかけた。
答えは濁した。
でも彼は気にしていないようにいつもと同じ。
笑ってくれた。
目頭があつくなって、耐えて、いっぱい笑った。
明日またねって約束した。
その日はよく眠れた。
翌朝。いつもは食べない朝御飯を食べた。
真面目に勉強した。
部活も楽しめた。
そして走った。桜のあの場所。
いた。先に待っててくれた。
彼は照れ笑いながら手に持ったものを私に差し出した。
聞くと誕生日プレゼントだといった。
私の誕生日まだ先なのに。そもそも教えていないのに。
彼は細かいことは気にしないよう言った。
じゃあ明日はあなたの誕生日!
何が欲しいかと聞いた。
小さな声で真っ直ぐ私を見ながら、彼は応えた。
お前。
照れた。嬉しかった。とても。恥ずかしかった。
あの光景は何度も頭の中で繰り返した。
彼と話たのはこれが最後になった。
最初のコメントを投稿しよう!