桜の香り

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背を向け走る私に初めて名前を呼んでくれた。 嬉しくて、顔がニヤけているのに、悲しくなった。 逃げてしまった。何も言わず、走ってしまった。 目があっていたのに、名前....呼んでくれたのに。 汗まみれで、ユニフォームが濡れていて....髪も乱れていて....見られたくなくて....近づかれるのが怖かった。 上の空で体育館に戻る。 部活に身が入らない。 走り去る私の後ろで彼はどんな顔をしていたのだろう。 みんなが叫んだ。 心臓が1回大きく脈をうち息を飲んだ。 すごい音と同時に体に痛みを感じ我にかえった。 怪我をしてしまった.... コーチが投げる言葉も今は何も受け止められない。 家に帰り、ベッドの上。 昨日とはまったく違う心境。 なんとも言えない喪失感に襲われた。 朝が来て学校へ向かう。 体の痛みを感じる度に昨日の事を思い出す。 痛みを感じる度に....何度も。その度に....。 会いたくない。 帰りたい。 何度家に引き返そうと思ったか。 重い足で一生懸命進んだ。 重い気持ちのまま放課後を迎えた。 体の痛みを理由に部活をさぼり、あの桜の木に急いだ。 誰もいない。 ベンチに座りただ夕日が照らす桜を眺めた。 きれいだった。とても。 日が沈み桜は雰囲気を変え、またとてもキレイだった。 初めて知った。 好き。 好き。 こんな気持ち。 明日はきっと.... すると声が聞こえた。 彼だ。私に問いかけた。 答えは濁した。 でも彼は気にしていないようにいつもと同じ。 笑ってくれた。 目頭があつくなって、耐えて、いっぱい笑った。 明日またねって約束した。 その日はよく眠れた。 翌朝。いつもは食べない朝御飯を食べた。 真面目に勉強した。 部活も楽しめた。 そして走った。桜のあの場所。 いた。先に待っててくれた。 彼は照れ笑いながら手に持ったものを私に差し出した。 聞くと誕生日プレゼントだといった。 私の誕生日まだ先なのに。そもそも教えていないのに。 彼は細かいことは気にしないよう言った。 じゃあ明日はあなたの誕生日! 何が欲しいかと聞いた。 小さな声で真っ直ぐ私を見ながら、彼は応えた。 お前。 照れた。嬉しかった。とても。恥ずかしかった。 あの光景は何度も頭の中で繰り返した。 彼と話たのはこれが最後になった。
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