プロローグ

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プロローグ

 その夜  日本球史に残るであろう世紀の一戦を映した国営放送の瞬間最高視聴率は、80%を超えた。  設置型のテレビ以外のメディア、録画や動画投稿サイトなどリアルタイムではない視聴も含めれば、ほぼ全ての国民がその試合を見たはずである。  WBC  ワールド・ベースボール・クラシック 決勝  日本対アメリカの最終決戦。  静岡県草薙ドームには四万人の観客が詰め掛け、観客席には人っ子一人入るスペースも見当たらない。猛り狂うような熱気が、会場全体を包んでいた。  この試合、三大会ぶりの優勝に大手をかけたことで国民の注目を集めたのは確かだ。  だが、日本国民の視線を一身に浴びるのは、一人の男だった。  アナウンスで名前が呼ばれる。 「日本代表のピッチャーは……遥川(はるかわ)」  大歓声が巻き起こる。 「九番・ピッチャー、遥川。背番号14」  球場全体を包む大歓声に迎えられ、一塁側のベンチからその男が姿を現す。  短く切りそろえられた黒い髪、長身を包むのは引き締まった肉体、何よりその瞳はただ真っすぐマウンドを見つめていた。まるで、その場所が自分の全てであるかのように。  驚くことに、その男は選手だった。  男の名は遥川駆(はるかわかける)  彼は男でありながら、この世界の頂点を決める舞台で、先発投手としてグラウンドに立っていた。  世界初のことである。誰一人本気では想像しなかったことだ。  当の本人以外は  その姿が、国民全ての視線を釘づけにしているのである。  ところがこの遥川、高校一年の時点で、一度だけ所属していた野球部を退部し野球を辞めている。  彼がなぜ、野球を辞めたのか。  そしてなぜ再びボールを手にし、この場所まで上り詰めたのか。  同じく日本代表のベンチに座る一人の女は、その頃のことを今でも鮮明に覚えている
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