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第二球 野球少年たち
一週間前
土砂降りの雨が降る中、遥川は一人黙々と壁当てをしていた。
投げているボールはたった一球だけ、橋の柱に向かって投げては戻ってきたボールを拾い、投げては拾いという動作を繰り返している。
「あっきれた。やっぱりここにいたのね、駆」
そこに、傘を差した少女がやってきた。
少女の名は紅本瑠衣(こうもとるい)。遥川の同級生で幼馴染である。
「瑠衣か、こんな雨の中どうしたんだ?」
「どうしたじゃねっつの」
「べふっ!」
紅本が傘の方とは逆の手に持っていた何かで、遥川の顔を引っ叩いた。
「こんな中でやってたら風邪ひくわよ。雷も来るみたいだし、もう帰りなさいよ」
そう言って、先ほど遥川の顔面を叩いたものを遥川に渡す。ビニール傘だった。
「わざわざスマンな。だけど、もうちょっとやっていくから、先に帰っていてくれ」
遥川はそう言ってボールを拾うと、壁に向かって投げ始める。
「アンタねえ」
そう言って肩をすくめる紅本。まるで聞き分けの悪い弟を見る姉のようである。
壁当てをしばらく見ていたが、呆れたようにこう言った。
「それにしてもアンタ……あいかわらず、ドッッッヘタクソね。ホントに幼稚園から野球やってるのかしら」
「う、うるさいわい。お前も一緒にやってただろ!」
遥川がオーバースローでボールを投げる。
高校一年にして、すでに大人たちが見上げるほどの長身と筋肉質な肉体から投げ下ろされる直球である。さぞ目を見張るような剛速球が見れるかと思いきや、全くもってスピードが速くない。時速100kmくらいだろうか、山なりの軌道を描いてぺチッっと柱にあたる。
さらにひどいのがコントロールである。コンクリートの柱には黒いペンキで丸が書いてある。遥川はそこに向かって投げているのだが、全く丸の中に当たらない。それどころか横幅4メートルはあろうかという柱そのものを外しかけることがある始末である。
今投げた一投も枠の外に外れ、横で見ている紅満のところに転がっていった。
紅満はボールを拾うとこう言った。
「しっかし、アンタも毎日毎日もの好きよね。野球部……辞めたくせに」
遥川はその言葉を聞いてフッと小さく息を吐いた。
「それも、そうだよなあ」
「ねえ、本当に辞める気なの? あの時のことなら悪いのは無理を言ったアタシだから」
「いや、もういいって。てか、辞める気も何も、もうやめてるしな」
「駆……」
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