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立ち上がるというより浮き上がると言った方が正しい。二本足で立ってはいるが足が床についていない。10cmほど宙に浮いているのだ。
「しませんて」
(えー、野球したいー)
実はこの男口を開けば野球野球とのたまうこの男、一週間前から遥川に取りついている幽霊である。何でも元々プロ野球選手だったが、野球がしたくて彷徨っていたらこうなったらしい。
姿が見えるのも、声が聞こえるのも遥川にだけ。おかげで独り言が増えたと周囲から噂されるようになってしまった。
「だいたい、体ないのにどうやって野球やるんですか」
(野球うううううううううううううううううううううううう)
ダメだ、聞いちゃいない。
「そう言えば、栄治さんの服どっかで見覚えあるなあ」
遥川はポケットからスマートフォンを取り出して検索する。
(お、それは世にも便利な不思議電報)
「あった。やっぱり。栄治さん昔の日本軍の人だったんですね」
(そうだが、前に話したか?)
「これですよ」
遥川はスマートフォンの画面を指差して言う。そこに映されていたのは、第二次世界大戦時の歩兵が着ていた軍服。栄治の着ているものと同じだった。
「こんなこと聞くのは気が引けますけど、栄治さんが死んだのって」
(まあ、駆の予想してるとおりやな)
栄治はサラッとそう言った。
「……戦争かあ」
平和な現代日本に産まれた自分には、実感のわかない話である。だが、そんな辛い時代を生きてきた人間がこうして野球がしたいと言っている。
「ねえ、栄治さん」
(野球か!)
「見に行くだけでもいいですか?」
(ひょあー!)
喜びのあまり変な叫び声をあげながら、ブリッジをして部屋中を駆け回る栄治。
……キモイ、なんだこの27歳児。
余りの気味の悪さに、さっきまでの悲しい気分が消し飛びそうである。
「何か疲れた、行くの止めようかな」
(ごっはぁ)
「吐血するほどか! てか、幽霊なのに血とかあんのかい。あーもう分かった行きますよ」
遥川はスマートフォンをポケットにしまうと、椅子から立ち上がった。
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