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ちょうど遥川たちの立っているところの斜め下にあるグラウンドで、野球の試合が行われていた。
どうやら完全なノラ試合のようである。監督やコーチ陣も来ていない。
「でも、これじゃデータとれないだろ。出てるやつも三軍の選手だし」
「そうね。まあ、三軍でもアタシらより強いんじゃないかしら? 群馬の絶対王者よ。偵察にはなんないかもだけど、ちょっと参考程度にね」
遥川は紅本に聞こえないように、小さい声で栄治に話しかける。
「……見るの、この試合でいいですか栄治さん?」
(ああ、しかし、やっぱり時代が変われば野球も変わるものやな)
「バットとかグローブのことですか?」
(道具もそうやけど、一番はあれや。女子(おなご)が男子相手に野球やっとる)
栄治が現在守備位置についているチームを指差す。九人の選手は全員が女子だった。対する攻撃側は全員が男子のチームである。
スコアボードのチーム名を書くところにはシンプルに、「男」「女」と書かれている。どうやら同じ学校の野球部の男子と女子に分かれての試合のようだ。
(ええ時代になったもんやなあ)
栄治が腕を組んでしみじみと呟いた。
「そういえば、栄治さんの時代は女子が野球をやること少なかったんですよね」
(少ないどころか滅多におらんかった。それでもホンマ何人かはおったがな。小さいころ近所にタエコいう同い年の女子がおって、ほんま男顔負けに守備が上手かったもんや)
昔を思い出すように遠くの空を見上げる栄治。
(せやけど、女学校に上がったとたん、女らしくおしとやかにせい、やら、どうせ大きくなったら男には手も足も出んくなる言われて、泣く泣くグローブを置いたんや。あんときのタエコの悔しそうな顔は今でも忘れん)
「栄治さん……」
(せやけど、今はこうして女子も自分たちのチーム作って野球やっとる。ホンマええ時代や)
栄治がスコアボードに目を凝らす。
(点は……お、6回表で5対0か。食らいついとるやんか。まだまだ逆転もあるで)
興奮したように言う栄治。心底野球というものが好きなのだろう。
「ああ、よく頑張って耐えてますよ。男子野球部は」
(ん? それはどういう)
「あーあ、全く、バカバカしいわね」
髪を後ろできつく束ねた女子側のピッチャーが、マウンドの土を慣らしながら大声でそう言った。
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