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(……そうか)
ショックだろうか、と遥川は心配した。今の野球界は、栄治が生きてきた時代とは180度違う価値観なのだ。そう簡単に受け入れられるものでは
(面白いやんか!)
「え?」
(つまり、野球界全体のレベルは確実に上がっとるちゅうことやろ? 景浦、松木、藤村、苅田、オレの時代にもどえらいバッターはわんさかおったが、それよりも強い奴らがおんねんやろ。わくわくするわ。対戦したい)
「……凄いですね、栄治さんは。普通はそんな風には思えないですよ。少なくとも俺は」
「ねえ、アンタらいつまでこんな無駄なことやるつもりぃ?」
またグラウンドの方から、女子側の投手の相手を見下したような声音が聞こえてきた。
今度は男子側のメガネをかけた選手が言い返す。
「まだ、九回が残ってる。野球は最終回ツーアウトまで分からないよ」
が、女子側の投手はペッとグラウンドに唾を吐き捨てる。
「バーカ。分かるわよ。アンタ等今まで、この山吹夏目(やまぶきなつめ)様に一人もランナーで出してないじゃない。ここまで実力差見せつけられて、なーに夢みたいなことぬかしてんの?」
山吹と名乗った少女は、額に手を当てて笑いながら言う。
「ていうか、そもそも勝てる気でやってたんだ? 私はてっきりどさくさに紛れて尻とか触るためにやってたのかと思ったわ。ファーストの佐恵子、大丈夫だったあ?」
その言葉に、女性チーム全体から笑いが起きる。
うつむく男子たち。
「じゃあ、こうしましょうか。今から点数を0対0に戻してあげるわ」
「え?」
その言葉に男子部員たちが顔を上げた。
「その代わり、それでも負けたら男子野球部は廃部ね」
「そ、それは……」
「いい条件でしょう。勝つつもりなのよね、野球は最後まで分からないのよねえ?」
再び、深く深くうつむく男子野球部の面々。
それを見て、山吹がひときわ大きく笑う。
「ははははははは、やっぱ自分達でも分かってんじゃない。無駄なのよ。男のくせに、高校生にもなって野球するなんて。時間の無駄」
そこまで言うと、山吹はプレートに足をかける。
「さて、あと二人。さっさと終わりにしようかしらねえ」
「……」
遥川は丘の上から男子野球部員たちの様子を見る。
皆一様に山吹の言葉に怒りを覚えるのではなく、意気消沈していた。
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