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たぶん、本人たちにも自覚はあったのだろう。自分たちは所詮男だと、野球の神に見放された人間なのだと。
それは、『超瞬発筋』の発見から50年、ずっと続いてきた価値観だ。男子が野球をやるなどナンセンス、決して上には行けない、どうせ女子に勝てはしないのだから、と。
(おい、遥川)
栄治に呼びかけられて遥川は振り向いた。
そして驚く
普段はどこかニヤニヤした笑みを浮かべている栄治の顔には、明確な憤怒が浮かんでいた。
(つくづく人は熱さ忘れる生き物やな。男が女を無碍に見下すことが無くなったかと思えば、今度は女の方が男に対して似たようなことをしとる)
グッと拳を握りしめる。幼き日に共に白球を追いかけた少女のことを思い出しているのかもしれない。
(オレはな遥川よ。野球はそういうものとちゃうと思うねん。世間体とか男だ女だとか勝てる勝てないとか、そういうものは全部二の次。一番に来るのは野球をやりたいって思いや。それを否定する人間をオレは許せん。成敗してくれる!)
「成敗って、幽霊なのにどうするんだよ。物に触れるわけでもないし」
(遥川、体借りるで)
「え?」
言うと当時に、遥川の体の中に入っていく栄治。
すると、遥川の右足が意図せず一歩前に踏み出した。
どうやら、体のコントロールの主導権を奪われたらしい。
(うわ、ちょっと、栄治さんいつからこんなことできたんですか?)
自分の声が出ない。変わりに遥川の口からは栄治の言葉が紡がれる。
「なんか今やってみたらできた」
(適当過ぎぃ! いやいや、ちょっと待ってくださいよ)
慌てて前進する足を止めようとする遥川。
すると足の動きが鈍くなった。こちらの意思も大きく動きに反映されるらしい。
(俺は野球やんないって言ってるじゃないですか。だいたい、部外者が割って入ったりなんかして、変な目で見られるのも嫌ですからね)
「安心せい。野球やるのはオレやし、ちょうどいいもんが落ちとった。これで誰もお前やって分からん」
(いい物?)
栄治は崖の草の中から、あるものを拾い上げた。
「これや」
(え、いや、これは……)
「あーもう、青葉ったらペットの話になるといつも長いんだから」
電話を終えた紅本は、先ほどまで遥川と試合を見ていた場所に戻っていた。
「……って、あれ。駆どこ行ったのかしら?」
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