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「か、神崎君、本物っ!?」
「本物ですよ。それとも僕の幻覚を見てくれるくらい僕のことを想ってくれているのかな」
「何でここにいるの!?」
神崎君はあっさりスルーしてくれますねと苦笑いする。
「何でって、昨夜泥酔した安藤さんを家に送ってきたんですよ。でも家まで送ったら終電なくなっちゃって、だったら泊まっていけばと安藤さんが言って下さったからお言葉に甘えました。覚えていませんか?」
廊下で寝たから身体が痛いですけどと彼は小首を傾げると肩をトントンと叩く。
「お、覚えてない……」
「まあ、そうでしょうね。工事現場の動物キャラのバリケードを欲しいとねだって持って行こうとしたり、警備員の人形を抱えて行こうとしたり、そりゃあ、ちょっとした酒乱でしたからね」
「うっ! ……ご、ごめんなさい」
私は素直に頭を下げた。
それにしても単なる同僚の、しかも厄介な泥酔女を家まで送り届け、果てには廊下で寝るとは何たる出来すぎた紳士か。さすが会社で男女ともに人気ナンバーワンの彼である。
なお、女として魅力が無かったから手を出さなかっただけだろうという考えは削除しておこう。自分のなけなしのプライドのために。
しかし、ガードマンロボットはどこに行ったのだろう。眼鏡を掛けた今、その姿は見当たらない。
「あ、あの。そのガードマンロボットはどこ?」
「ありませんよ。さすがに僕が止めましたから」
あ、そっか。さっきは眼鏡を掛けていなかったから、廊下に立っていた彼の姿をガードマンロボットと勘違いしたのか。そう、私は犯罪者にはならなかったのだ。
ほっと息を吐くと、力が抜けてへなへなと床に座り込んだ。
「よ、良かった。神崎君、本当にありがとう。おかげで窃盗犯にならずに済――あ、ダメだわ」
バリケードの方は間違いなく持ち帰ってしまっていた。ということは示談金の場合、203,780円くらいか。結局、最低でも損害額は締めて274,420円という事になりそうだ。
それでも決して安くはない金額だが、先ほど絶望の淵にいたことを考えると数段に状況は良い。
一方で、金額が下がってありがたやーと感謝すべきなのに、バリケードの方も止めてくれれば良かったのになどと考えてしまう私は何と罰当たりな人間か。
「あ、バリケードの件なら大丈夫ですよ」
彼は私の考えを読んだようで、そう言った。
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