5人が本棚に入れています
本棚に追加
瑞穂と出会った入学式当日、俺は式が始まる一時間前に高校についてしまった。
理由は、借りたアパートが、高校まで徒歩で三十分以上かかってしまうから。本当は、もう少し、近い所を借りるつもりだったのだが、予算の都合で借りることができなかった。
だから、遅れるといけないから、早めにアパートを出たら一時間前に到着してしまった。
なので、入学式が行わる体育館の近くで時間を潰すことにした。
どこかに座れるところはないかとあたりを見渡していたら、座るのにちょうどいい大きな石を見つけた。
(ここでいいか。でも、このまま座ると制服が汚れるから、タオルを下に敷いてと)
持ってきたカバンからタオルを取り出し、石の上に敷き、その上に座った。
そして、もしものために、準備してきた小説をカバンの一番下から取り出す。
(結局、これのお世話になったぁ)
読み始めてどれくらい時間が経つたのだろう。
「あの? それって、ホトギスさんのサクラシリーズですか?」
「えっ!」
突然の出来事に俺は、思わず変な声を出してしまった。
「あぁ。ごめんなさい」
謝って、逃げるようにどこかに行こうとしたので、急いで本を閉じて、この主(ポニテールの女の子)を呼び止めた。
「あぁ! ちょっと! 待って」
俺に呼び止められた彼女は、動揺しながらも再び自分の所に戻ってきてくれた。
そんな彼女に、俺は、言葉を選びながら声を掛ける。
「さっきは、いきなり声をかけられてびっくりしただけだから。あの? 僕になにか? ご用ですか?」
「あのあぁの?」
「はい!」
「ファンなんですか? サクラシリーズの?」
ホトギス著 偽探偵櫻木さくらが活躍する探偵小説。ファンの間では、サクラシリーズとも呼ばれている。
現在 三作品まで発売されている。
当時、自分が読んでいたのは、第一作目の偽探偵櫻木さくら 学校の謎を解く?
「あぁまぁ? 面白いですよねぇ? 作品の臨場感もですけど、主人公の櫻木さんを見下す秘書の陽炎さんとのやり取りも。あの? もしかして、ファンなんですか?」
俺は、逆に彼女に同じ質問を返してみた。
彼女は、作者、タイトルまで知っていた。もしかしたらこの作者の純粋なファンなのかも知らない。
「あぁ! はい!」
自分の質問に満面の笑みで「はい」と返事を返すその顔に、朧は思わず、
「……かわいい」
「えっ?」
いきなり聞えてきた「かわいい」と言う単語に、女性は思わず朧の方を見る。
「あぁ……すみません。笑った顔がかわいいかったので」
「……」
朧からの予想外の告白に、頬を赤くする女性。
「あの?」
「はい」
「お前教えて貰っていいですか?」
「蜩朧です」
「……蜩さん」
朧の名前を小さく声で呟きながらも、朧に向かって、自分の左手を差し出す。
「私は……春村瑞穂です」
★
最初のコメントを投稿しよう!