第一話 晩年の寄り道

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無心で石階段を登り続けること数分。遠くに、オレンジ色の明かりが見えた。 (……民家か?) 心なしか、階段を上る足がスピードを上げる。一段、一段上って、時に一段飛ばし。そうやって少しずつ上っていくと、オレンジに光るそれが目の前にまでやってきた。 オレンジ色に光っていたのは灯籠だったらしい。山奥だからか、最近降っていない筈の雪が少しだけ積もっている。 わずかな温もりを発する灯籠から視線を少し上げると、看板らしきものが目に入った。 『和食処・晩年亭』 「ひどいな」 率直な感想が口をついて出た。 晩年亭ってなんだ。晩年って、それ、死ぬ間際の年のことじゃないのか?それとも、有名な本のタイトルから取っているのか。 (……あんまり入りたくないけど、この暗い中階段下るのは嫌だしなあ……。何より腹へったし、寒いし……) 仕方ない、ここは割り切らなくてはいけないところだ。今までだって割り切りまくって生きてきたじゃないか。 晩年だから何だ。別に俺の事じゃない。それにもし、ここに最高にうまい天ぷら蕎麦があったなら、後悔してもし切れないだろう。 人生何事もトライだ。不吉な名前の料亭にも積極的にトライしていこう、清水夜彦。大丈夫、俺は強い男だ。 意を決して門を潜ろうとしたその時。 「お兄さん、うちの前で何してるのー?」 「ごほっ!!」 柱の影から小さな影がひょこりと顔を出した。
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