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無心で石階段を登り続けること数分。遠くに、オレンジ色の明かりが見えた。
(……民家か?)
心なしか、階段を上る足がスピードを上げる。一段、一段上って、時に一段飛ばし。そうやって少しずつ上っていくと、オレンジに光るそれが目の前にまでやってきた。
オレンジ色に光っていたのは灯籠だったらしい。山奥だからか、最近降っていない筈の雪が少しだけ積もっている。
わずかな温もりを発する灯籠から視線を少し上げると、看板らしきものが目に入った。
『和食処・晩年亭』
「ひどいな」
率直な感想が口をついて出た。
晩年亭ってなんだ。晩年って、それ、死ぬ間際の年のことじゃないのか?それとも、有名な本のタイトルから取っているのか。
(……あんまり入りたくないけど、この暗い中階段下るのは嫌だしなあ……。何より腹へったし、寒いし……)
仕方ない、ここは割り切らなくてはいけないところだ。今までだって割り切りまくって生きてきたじゃないか。
晩年だから何だ。別に俺の事じゃない。それにもし、ここに最高にうまい天ぷら蕎麦があったなら、後悔してもし切れないだろう。
人生何事もトライだ。不吉な名前の料亭にも積極的にトライしていこう、清水夜彦。大丈夫、俺は強い男だ。
意を決して門を潜ろうとしたその時。
「お兄さん、うちの前で何してるのー?」
「ごほっ!!」
柱の影から小さな影がひょこりと顔を出した。
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