第一話 晩年の寄り道

6/41
前へ
/173ページ
次へ
……それにしても。 先程から少し気になっていたが、この料亭には俺と女の子以外に人気がない。建物はこんなに立派なのに、女将どころか客の姿さえ見えないのだ。 (つまりそれだけ敷居が高いとかそういう……いやいや考えるな俺、入っちまったもんは仕方ないだろうが!) 一人勝手に悶々としていると、どうやら食堂に着いたらしく、女の子が菖蒲の描かれた襖を開いた。 その奥に広がるのは、食堂と言うにはやや手狭な、それでいて趣のある和室だった。 「……すごい……」 先程までの葛藤を忘れ、思わず溜め息を漏らしてしまう。 室内の障子は開かれ、庭の景色がよく見えた。いくつかの行灯のみで照らされる部屋は少し薄暗いが、それがこの空間の雰囲気を作り上げている。 不思議なことに、障子は全開なのにこの部屋はちっとも寒くない。 庭には池に、鹿威し。門のところと同じ、控え目な火を灯す灯籠が、丁度いい具合に置かれている。 何より俺は、池のほとりに植えられたある物に目を奪われた。 「紅葉……!?」 「うん!自慢のお庭なんだ!」 そんな、そんな馬鹿なこと、ある筈が無い。 もう世間では紅葉のピークなんてすっかり過ぎ去って、並木道は枯れ木だらけになっている。この時期はどこもそうだ。ましてやこんな山奥、もうとっくに紅葉なんて散ってしまっている筈なのに。
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!

434人が本棚に入れています
本棚に追加