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その夜、俺はまた夢を見た。
誰かの記憶をなぞるような、そんな夢。〝あの時〟とよく似た夢だ。
――くたびれた顔をした初老の男が、唇を噛み締め、かぎ針を見つめている。
男が向かう机の上には、あの赤いマフラーが置かれていた。どこもほつれたところなどない、完成した、あのマフラーだ。
(……ああ、そうか。これは――この夢は)
そして、この男の人は。
『……さつき……』
今にも泣き出しそうな声で、男が呟く。
この人が、さつきさんの父親なのだ。
男はボールペンを手にとって、傍らに置かれていた名刺用紙のようなものを手繰り寄せる。
そして力強く、ゆっくりと、文字を書き連ねていった。
白い紙に浮かび上がる文字が、俺の目に飛び込んでくる。
――穴空きマフラーでは風邪をひくんじゃないかと心配で、こっそり完成させました。
メリークリスマス。 お父さんより――
(……ああ……)
さつきさんの涙の理由が、分かった気がした。
彼女の大好きな人の愛情が、きっと、このマフラーと、飾り気のないメッセージカードに籠っている。
それを感じ取れるのはさつきさんだけだ。だから、俺が夢に見たものを伝えなくたって、さつきさんにはこの人の愛情のすべてが伝わっているんだろう。
――大丈夫だ。きっとさつきさんは、風邪なんか引いたりしない。だって、こんなにも暖かいマフラーがあるのだから。
窓の向こう、明け行く空を眺めながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
第二話 赤い落とし物 ―完―
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