第三話 叫べ

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「親父さん、良かったな」 この人、何言っているの? ―― 先月、死んだうちの父親の何が良かったって言うんだ?――― 同じく地上げに悩まされた挙句、土地を売る決意を固めた隣人の奥さんに、自分の夫が私の家が土地を売らない性で、ノイローゼになって首を吊ったら、私の母親の性だ、許さない。 そう言ったのを聞いた翌日、私の父は首を吊った。 商売を隠居し、祖父に先立たれ、叔母と二人暮らしの祖母に、灯油を買いに行って届け、部屋の2階のテレビのコードで命を絶った。 葬式の後、隼人と二人、帰って一番最初にした事は、そのテレビを捨てに行く事だった。 その一連の出来事のほとんど2ヵ月後の今、何を持って良かった? なんだ……。 大体、父親の死は、周りに伏せて来た。 言いたくなかった、口にして欲しくなかった。 思い出したくないからじゃない。 忌まわしい他人に、私の父を、言葉にされる事で、穢されたくなかったからだ。 私の父は、私達家族だけのものだ。 他人にもう、思い出一つ触られたくない。 ――― 世の中、ほんとクソみたいだ ―――― 知らない男だった。 如何にも若者の普段着って感じの服を着て、帽子をかぶってマフラーで口元が隠れているが、顔は見えてる。 心当たりなかった。 「……あんたら、いっつも善人だ。 いっつも正しくて。 いっつも正義だ」 そう言って、その場を去って行った。 胸糞悪くて仕方なくて、後で偶然通りかかった貴志さんに愚痴ると、夜飲みに誘って貰った。 久しぶりにお酒を飲んで、12時前に帰ろうとした。 地元だから、貴志さんとは店で別れた。 歩いて2分、走れば50秒。 店と部屋までそれ位の距離。 オートロックのマンションの3F。 何かあっても大声出せば、誰か来る。 ここは地元だ。 生まれ育った街だ。 ――― でも、だから何だって言うんだ、今まで、散々色んな目に遭った地だったろ? ――― 昼に店の前で出くわした男が目の前に現れて、私の手首を掴んで捩り上げて行った。 「……お前は、良いよな。いつも、正しくて。俺が憎いか?」 「きゃっ……ぁ……。誰よ」 「お前を殴って、服を破って、写真撮った奴だよ、俺は」 「……」
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