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「親父さん、良かったな」
この人、何言っているの?
―― 先月、死んだうちの父親の何が良かったって言うんだ?―――
同じく地上げに悩まされた挙句、土地を売る決意を固めた隣人の奥さんに、自分の夫が私の家が土地を売らない性で、ノイローゼになって首を吊ったら、私の母親の性だ、許さない。
そう言ったのを聞いた翌日、私の父は首を吊った。
商売を隠居し、祖父に先立たれ、叔母と二人暮らしの祖母に、灯油を買いに行って届け、部屋の2階のテレビのコードで命を絶った。
葬式の後、隼人と二人、帰って一番最初にした事は、そのテレビを捨てに行く事だった。
その一連の出来事のほとんど2ヵ月後の今、何を持って良かった? なんだ……。
大体、父親の死は、周りに伏せて来た。
言いたくなかった、口にして欲しくなかった。
思い出したくないからじゃない。
忌まわしい他人に、私の父を、言葉にされる事で、穢されたくなかったからだ。
私の父は、私達家族だけのものだ。
他人にもう、思い出一つ触られたくない。
――― 世の中、ほんとクソみたいだ ――――
知らない男だった。
如何にも若者の普段着って感じの服を着て、帽子をかぶってマフラーで口元が隠れているが、顔は見えてる。
心当たりなかった。
「……あんたら、いっつも善人だ。 いっつも正しくて。 いっつも正義だ」
そう言って、その場を去って行った。
胸糞悪くて仕方なくて、後で偶然通りかかった貴志さんに愚痴ると、夜飲みに誘って貰った。
久しぶりにお酒を飲んで、12時前に帰ろうとした。
地元だから、貴志さんとは店で別れた。
歩いて2分、走れば50秒。
店と部屋までそれ位の距離。
オートロックのマンションの3F。
何かあっても大声出せば、誰か来る。
ここは地元だ。
生まれ育った街だ。
――― でも、だから何だって言うんだ、今まで、散々色んな目に遭った地だったろ? ―――
昼に店の前で出くわした男が目の前に現れて、私の手首を掴んで捩り上げて行った。
「……お前は、良いよな。いつも、正しくて。俺が憎いか?」
「きゃっ……ぁ……。誰よ」
「お前を殴って、服を破って、写真撮った奴だよ、俺は」
「……」
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