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「お前、名前は?」
つまみ上げられ、間近で見る整った顔立ちは、無機質にすら感じられ一層冷たく見える。
猫の細い首を手折ることなど、彼の手にかかれば薔薇の花を摘むのと大差ないだろう。
「貴方に名乗る名などありません。」
しかし、黒猫はそう答えた。
同じ闇に棲む者。
ぶらんと垂れた後ろ足に力を入れ、首根っこを掴む手に掛ける。
柔らかい体を捻ると、手の甲に牙を立てた。
相手が怯んだ隙にもう一度蹴りつけ、その反動で赤煉瓦の壁に跳び上がる。
ヴァンパイアは何か言いかけたが、黒猫は隣家の壁や屋根を蹴ってその場から脱した。
残念ながら、このままうちには帰れない。
そう判断した黒猫は、この界隈に一つだけ残る教会の屋根に上る。
足音を忍ばせ、傷んだ壁の隙間から屋根裏に入った。
小さな教会だが、ヴァンパイアなら入ってはこれまい。
黒猫は勝手知ったる様子で、礼拝堂に降りていく。
燭台の炎が揺れ、人影が建物の壁に大写しになる。
黒猫はそれを見ると、その人物の足元へ駆け寄った。
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