53人が本棚に入れています
本棚に追加
「おや。これは珍しい。ヴァンパイアの屍ですか。」
華奢な黒猫が呟く。
赤煉瓦の壁から飛び下りた先。
トロリと月明かりを反射する血溜まり。
その中心に沈むのは、見かけない顔の人物。
どこの誰だか知らないが、お気に入りの散歩コースが台無しである。
「死んでねぇよ。」
ふいに、薄い唇が掠れた音を発する。
「その胸の杭は、貴方が死を望まれた証でしょう。」
驚く様子もなくそう答えた言葉に、紅く染まったヴァンパイアは薄く目を開ける。
そのブルーグレイの瞳は、真冬の夜を見つめるかのように冷たい。
「心臓を貫いてなけりゃ、残念ながら死ねないね。どんなに望まれたとしても。」
胸を紅く染めるのはサンザシの杭。
それよりわずかにズレた場所を、人差し指でトントンと指し示す。
「どのみち、そのまま朝が来れば灰になるでしょう?」
冷たい瞳が、月明かりに浮かぶ猫の姿をじっと見つめる。
「やけに詳しいな。お前、使い魔か。」
艶やかな黒い毛並みに、しなやかな肢体。
鮮やかな金色の瞳は、その姿によく映える。
「若いわりに勘のいい男ですね。」
黒猫は小さく笑った。
「魔女か。」
「主についてはお答えできません。」
遅咲きのエメ ヴィベールが、密かに咲き残る小さな公園。
まだ冷えきらない秋の風が白い花弁を揺らす。
わずかに散ったその一片は、血溜りに浮かんで紅く染まった。
「それは、イエスと言っているようなもんだ。」
若いヴァンパイアは、掠れた声で可笑しそうに言った。
最初のコメントを投稿しよう!