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唯の顔が苦しげに歪む直前、踵を返した。
「桜井さん、行こう」
優しく腕を掴むとそのまま歩き出した。
「健くん…待って」
背後から今にも泣き出しそうな擦れ声が聞こえたけど、それでも振り返ることはしなかった。
会社に帰る道、桜井さんは唯との過去には触れなかった。
きっとすべて勘付いているのだろうとそう確信したのは彼女が必死に場を和ませようと気を遣ってくれていることが見て取れたからだ。
「無理しなくていいよ。ありがとうね」
小さく微笑みかけると彼女は恥ずかしげに瞳を揺らした。
彼女なりのほんの小さな心配りだったのだろう。
それを見透かされていたたまれないというような顔だ。
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