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目を開けると、そこには果てのない雪原があった。
恭介は何度も瞬きしたが、その真っ白い世界が終わることはなかった。
やっと奴らから逃れてたどりついた粗末な山小屋の中で、恭介は脳内まで痺れてしまいそうな寒さにひたすら耐えていた。
自分の置かれた状況が夢であることを微かに願ってみた。そして、何度も繰り返したその望みが自分の幻想に過ぎないことを自覚し苦笑する。
絶望の中に置かれても、人は笑ってしまうものなんだな。
そんな今となってはなんの役にも立たないようなことを思い、恭介は雪が吹き込む小屋の床を赤く染めている自分の血を眺めた。
氷点下の世界においても、自分の左の太ももから流れる血は熱かった。
いっそのこと、体中の血から凍ってくれ!
痛みさえ麻痺した動かぬ太ももを、恭介は忌々しく両手でつぶれるほど強く押さえた。
眩暈がした。
年代ものの皮が破れたソファに体を横たえた。
屋根が半分ほど潰れた小屋には、そんな恭介をせせら笑うような音を立てて、真っ白い雪が吹き込んでくる。
どうしてこうなってしまったのか…。
そんな考えは、もうずっと前に捨てた。
奴らに殺されるくらいなら、自分で自分を殺した方がましだ。
奴ら…。
あいつらにも感情はある。嬉しい、哀しい、楽しい、むかつく。
一見、奴らは人間と同じような生命体に見える。
完璧な生命体のように見える。
まだこれほどに世界が氷つく前には、恭介は風雪の届かない地中深い穴倉の中でともに奴らと働いた。
だが…。
と恭介は思う。
決定的に欠けている点が奴らにはある。
世の中のほとんどが凍ってしまった氷点下の世界でさえも、奴らは「寒い」と感じることができない。反対に、世界中が40度を超す熱湯のような猛暑でも、奴らは汗ひとつかかないだろう。
それがあいつらが自分とは違う点なのだ。
そして、あいつらがこの世界で生きていける証になってしまったのだ。
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