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「はぁっ……はぁっ……」
やった。やっちまった。
全速力で走ったあとみたいに息が上がって、胸が苦しい。後から後から粘つく様な汗が出る。暑い。否、とんでもなく熱い。
なのに、相反するように手足が震えた。
真冬とはいえ、ここは室内だ。いくらなんでも寒すぎる。
いや、俺が震えているのはきっと寒さのせいじゃない。
目の前に横たわる、愛しい加奈子……かつては女だった肉の塊のせいだ。
ソレは、頭からドクドクと血を流して倒れている。さっきからピクリとも動かない。
そりゃそうだ。
あんな分厚いガラスの灰皿で思いっきり頭をぶっ叩いたんだ。生きてるわけがない。
ワザとじゃなかったんだ。たまたまソレが手元にあったから引っ掴んで。とにかくキーキー喚き続ける加奈子を黙らせたくて、めちゃくちゃに叩いてた。
ガラスの灰皿ってなんだよ。昔の2時間ドラマかよ?
たまたま打ち所が悪くて、こんなあっけなく死ぬなんて、マンガかよ! ふざけんなっ!
こんな……こんなつもりじゃなかったんだ。
もう一度言う。ただ俺は黙らせたかっただけだ。
加奈子が何度も『別れる』って言うから。
『あんたみたいなダメ男、さっさとのたれ死ね!』なんて言うから……!
確かに俺はダメな男だった。26歳にもなってまともな職に就くこともなくフラフラしてたよ。大手広告代理店に就職して、バリバリ働いてる加奈子に頼って縋って金もらって。ヒモみたいなもんだったよ。
でもそれでも俺たち、上手くやってただろう?
なんで突然別れようなんて言い始めたんだよ!
……分かってる。どうせ浮気だったんだ。
最近やけに帰りが遅かったもんな。一緒にいても会社の先輩がどーたらとか、取引先の部長さんがどーたらとか、散々俺を煽りやがった。
そんなに他の男がよかったのか!!?
ははは。でももう無理じゃん。お前死んじゃってるもん。
もう、誰とも浮気なんかできやしない。
そうだよ…………だって、お前死んじゃったんだもんなぁ。
マジでさぁ……マジで死んじゃったのかよぉ?
実は倒れてるだけで、また息を吹き返すとかそういうオチはねーの?
うつ伏せで倒れている加奈子に恐る恐る近づいてみた。
血は、もう止まっているらしかった。
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