生存本能。あるいは俺の懺悔。

9/11
前へ
/11ページ
次へ
 ペチャペチャと音がするのは、加奈子の血だまりの上を歩いているせいだろう。  猫が加奈子の白くて細い首にフンフンと鼻を近づける。  途端に濃厚な鉄錆の匂いが、俺の鼻を通り抜けていった。加奈子が死んだ直後から、そのニオイは部屋に充満していたはずだが、やけに鮮明に感じられた。  猫はチョイチョイと、加奈子の首をつついていた。  何してる?  こいつは、何をしてるんだ?  首をかしげてジッと加奈子を見下ろす猫。  加奈子は動かない。  俺は、息を止めるようにして猫の行動を見つめていた。  やがて、猫は口を開けて――。  おい、まさか……。  まさか、お前――!!?  はじめに、首に噛みついた。  それから猫は、前足の鋭い爪を首に突き立てた。  そのまま引きちぎるようにギリギリと、首を引っ張る。 「ぅ……――うわあああああああああああああ!」  猫は、加奈子の首の肉を噛み千切っていた。  ニチャクチャと音を立てて、咀嚼していた。  猫の口元がうっすら赤く染まっているが、加奈子の首からは大して血は流れていなかった。 「うっ……うおえっ」  猛烈な吐き気がこみ上げて、その場に嘔吐した。  苦酸っぱい味が口に広がって、涙が溢れてきた。  食べた……?  アイツ、加奈子を食べやがった!?  俺の加奈子を!!!  いや、問題はそこじゃない。  猫が人間を食べるなんて、ありえるのか。 『猫は雑食。何でも食べるんだよ』  ふと、加奈子の無邪気な声が脳内に甦る。  言われてみれば、加奈子もノラ猫に鳥のささ身だとか、牛肉の切れ端なんかを与えていたかもしれない。  だけど、だからって、人間はありえないだろう?  なぁ、加奈子。  心の中で、加奈子が答える。 『生きるためには、何でも食べるんだよ』  そう言って、記憶の中の加奈子が微笑んだ。    ――ネコはただ、猫だった。    加奈子の遺体を守りにきたわけでも、仇を討ちにきたわけでもない。  俺に仕返しするわけでもない。  ただ、腹が減って食っただけだ。 「……はは……はははは! ははははははははは!」  ギリギリ、クチャクチャ。  噛み千切っては咀嚼を繰り返す猫の前で、何故か俺は笑っていた。 「ばかみてぇ」  ひとしきり笑い終えて、今度は涙が滲んできた。  加奈子の首からは、数センチ四方の肉がそぎ落とされて骨が見え始めている。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加