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ペチャペチャと音がするのは、加奈子の血だまりの上を歩いているせいだろう。
猫が加奈子の白くて細い首にフンフンと鼻を近づける。
途端に濃厚な鉄錆の匂いが、俺の鼻を通り抜けていった。加奈子が死んだ直後から、そのニオイは部屋に充満していたはずだが、やけに鮮明に感じられた。
猫はチョイチョイと、加奈子の首をつついていた。
何してる?
こいつは、何をしてるんだ?
首をかしげてジッと加奈子を見下ろす猫。
加奈子は動かない。
俺は、息を止めるようにして猫の行動を見つめていた。
やがて、猫は口を開けて――。
おい、まさか……。
まさか、お前――!!?
はじめに、首に噛みついた。
それから猫は、前足の鋭い爪を首に突き立てた。
そのまま引きちぎるようにギリギリと、首を引っ張る。
「ぅ……――うわあああああああああああああ!」
猫は、加奈子の首の肉を噛み千切っていた。
ニチャクチャと音を立てて、咀嚼していた。
猫の口元がうっすら赤く染まっているが、加奈子の首からは大して血は流れていなかった。
「うっ……うおえっ」
猛烈な吐き気がこみ上げて、その場に嘔吐した。
苦酸っぱい味が口に広がって、涙が溢れてきた。
食べた……?
アイツ、加奈子を食べやがった!?
俺の加奈子を!!!
いや、問題はそこじゃない。
猫が人間を食べるなんて、ありえるのか。
『猫は雑食。何でも食べるんだよ』
ふと、加奈子の無邪気な声が脳内に甦る。
言われてみれば、加奈子もノラ猫に鳥のささ身だとか、牛肉の切れ端なんかを与えていたかもしれない。
だけど、だからって、人間はありえないだろう?
なぁ、加奈子。
心の中で、加奈子が答える。
『生きるためには、何でも食べるんだよ』
そう言って、記憶の中の加奈子が微笑んだ。
――ネコはただ、猫だった。
加奈子の遺体を守りにきたわけでも、仇を討ちにきたわけでもない。
俺に仕返しするわけでもない。
ただ、腹が減って食っただけだ。
「……はは……はははは! ははははははははは!」
ギリギリ、クチャクチャ。
噛み千切っては咀嚼を繰り返す猫の前で、何故か俺は笑っていた。
「ばかみてぇ」
ひとしきり笑い終えて、今度は涙が滲んできた。
加奈子の首からは、数センチ四方の肉がそぎ落とされて骨が見え始めている。
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