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「あたし、黒坂ネイロ。丁寧の『寧』に『彩』で寧彩(ねいろ)。よろしくね!」
一年の入学式早々、そう自己紹介してきた、たまたま隣の席になった、全然丁寧そうじゃない女子。それがネイロだった。名札の字面が「蜜柑」に似てるな、とぼんやり思った。
取り立ててイケメンでもない中肉中背の、スポーツも勉強も平均以下の、非社交的インドア男子。それが俺だ。「オタクぽい」「キモい」などと陰口を叩かれて距離を置かれることなく、しかも女の子から積極的に話しかけられるなんて幼稚園の頃以来じゃないか?……かろうじて男女共用のブレザーの下にスカート履いてるのが見えなかったら声変わりの遅れた男子と間違えそうな、ザンバラショートで色黒のネイロを「女子」のカテゴリーに入れていいのだとしたら、だけど。
こういう時って、俺も自己紹介すべき……なんだろうな。女子ってホント今まであんま話したことないから、よくわかんないな。
「俺は、宗谷シオン。『詩』に『音』でシオン」
「へぇ、いい名前だね。音楽かなんかやってる?」
「全然。親父が漢詩が趣味で、それで」
どうせなら、何でもっと堅そうな名前つけてくれなかったんだろう、とも思うけど。
「 黒坂さんこそ、両親が音楽やってるとか、そんなん?」
「ぜーんぜん。中学の時は野球部でピッチャー。てか、“ネイロ”でいいよ」
ネイロはそう言うと、得意気に手のひらを俺の目の前に差し出した。浅黒くて、皮が固そうで、ところどころタコがある。
「野球部?女の子でも入れんの?」
どうでもいいやと思いながら、暇にまかせていつの間にかネイロと会話のキャッチボールが続いていた。
「うん、中学の部活は軟式だったけど、週一で硬式のジュニアリーグにも通ってた。けっこう強かったんだよ、あたし」
ネイロはアンダースローでボールを放る真似をした。素人目だけどキレがあって無駄な力の入らない、流れるような綺麗なフォームだと思った。
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