一年目~桜と白球の頃

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* 最後の桜が、雪のように舞っていた。ネイロは校舎の「新館」に続く渡り廊下の柵にもたれて、野球部のグラウンドを眺めていた。ここからだとマウンド越しにキャッチャーの位置がよく見える。 二、三年を先頭に、他の新入生に混じって中学時代にバッテリーを組んでいた善次がランニングをしていた。グラウンドのギリギリ端、ネイロのすぐ目の前を通って行く。ジャージ姿の新入生の方が人数が多い。善次ならあのキャッチャーポジションに座る姿ももうすぐ見られるなずだ。野球部の帽子にジャージ姿の女子が数人、タオルの山や「北峰高校」と大書きされたドリンク用のジャグを手に渡り廊下を横切っていく。彼女達がマネージャーなのだろう。 「ネイロ」 校舎の陰に消えた部員達を目で追って探していたら、すぐ横からよく知っている声で呼ばれた。 「あ、ゼンちゃん」 見学か仮入部か、みたいな期間のはずなのに善次はもう「川久保」と大きく記名した白い練習用のユニフォームを着て、しっかり汗をかいていた。弱小、と言わないまでもキタミネの野球部は決して強くはない。県内でも真ん中より下あたりのレベルでバタバタと勝ったり負けたりだ。別な高校に行った小中学生時代の仲間やライバル達は今頃、一年生レギュラーの座を虎視眈々と狙ったり、甲子園出場を夢見たりしているんだろう……坂本のような生徒もいるにはいるが。客観的に見れば、かつて全国優勝やベスト8以上入りを経験した強豪校が県上位にひしめいていて北峰高校の県大会優勝、甲子園出場はかなり遠い夢である。だが、高校球児でいる限り誰にでもチャンスはある。可能性はゼロではない。ネイロには善次の白いユニフォームと汗が眩しかった。 「見学、来なかったのな」 「うん」 「あのさ、監督がネイロのこと覚えててさ。公式戦は無理だけど、練習試合やBチーム戦の参加でよかったら入部しないかって」 「……」
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