第1章 そんなラインで大丈夫ですか?

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「ふぇぇ…」 ギルド受付前で、俺はこの上なく情けない声で1人鳴いた。左手に持った今月分の給与明細が、そこはかとなく震えている。実際に震えているのは勿論俺自身の体である。 俺の所属するギルドはモンスター討伐や重役の護衛など、任務の給金が歩合制で決まるものが多く、毎月の手取りにバラツキがある。できる限り高給かつ短期の任務を数こなし、宵越しの銭は持たない方針でパーッと使うのが普段の俺のやり方だ。他のギルドメンバーからしたらあまり好まれるやり方ではないが、うちのギルドで数少ないランカーの1人であるため、なんだかんだで黙認されている。ランカーとは国が決める強さ番付の上位100人のことを言い、うちのギルドには俺を含めて3人のランカーがいる。ちなみに俺は100人中72位であり、軽視されることもなければ注目されすぎることもない、丁度いい順位を行ったり来たりしている。 そんなわけで、普段なら多少贅沢に使っても金に困るようなことはないのだが、先々月は運悪く季節はずれのインフルエンザにかかってしまった。罹患中に申請した討伐任務はことごとく断られ、例え受理されても、ニットゴブリンの爪剥ぎなど誰でもできる在宅ワークが関の山だった。結果、先月の給金の額面は普段の5分の1くらいに留まった。それでも節制すれば次の給料日までもたない金額ではなかったのだが、いかんせん普段の金遣いの粗さが急に大人しくなるはずもなく、手取り分を遥かに超えて、少ない貯金もほぼ全て食い尽くすような出費をしてしまった。全ては今日貰えるはずの給金をあてにしての事で、多少使いすぎても大丈夫だろうという自身の楽観的な性格が引き起こした惨事である。 そして今、手の中の給与明細を、もう一度、食い入るように睨みつける。 どう見ても、何回見ても、いつもより0の数がいくつか多い。 というか、0の欄がいくつか多い。 というか、0の欄しかない。 僕の今月の給料、無し。
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