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バタン、ドドン、ドタドタドタ。
なんだ、騒がしいな。摩耶だな。
「お兄ちゃん、大変、大変、大変なの」
勢いよく駆け寄って体当たりしてくる摩耶。
「摩耶、もっと静かにだな」
木之内侑真は妹の摩耶を嗜めようとしたのだが、瞳を輝かせ上目遣いで言葉を重ねるようにして話を続けた。
「それどころじゃないんだってば。だって、ほら、えっと。なんだっけ」
小首を傾げる摩耶の顔がなんとも滑稽で、心に柔らかな明かりが灯る。
「大変なんだろう」
「あっ、それだ」
袖を引っ張り「大変なの。聞いて、聞いて、聞いて」と連呼する。
「聞くから、ほら深呼吸して」
摩耶は大きく口を開いて息を吸って吐き出してすぐに話し出す。
「あのね、あのね、えっとなんだっけ」
まったく仕方がないな。話が進まないのはいつものことだけど。
「大変なことがあったんだろう」
「そうそう、そうなの。えっと、猫さんが、猫さんが川なの」
侑真は首を捻り、「猫がなんだって?」と聞き返した。
「だから、猫さんが川なの。あれ、違った。猫さんの川だった。猫さんの川があっちにあるの」
ああ、わけがわからない。いったい何を見たというのだろう。
『猫の皮』ってことか。
幼稚園児の麻耶はときどき変なことを口にする。年の離れた妹の相手をするのもいろいろと悩みが絶えないな。摩耶のなぞなぞ話だ。この謎を解明するのは厄介だ。なのに、どうにも笑みが浮かんでしまう。高校生と幼稚園児の兄妹の姿は傍から見たらどう感じるのだろう。まあ、そんなこと考えたってしかたがない。
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