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これまで、まるで越えてはいけない一線のようにお互い避けていた呼び方だ。
雪人はどこまでも鈍感だから、自分で気付かぬうちにあっさりと線を越えてきた。
驚いて、嬉しかった。体は抑えが効かず爆発した。
それとともに変に頭に上っていた血が、酔いが醒めるのと同時にすっと下がっていった。
いくら馨との間を勘違いしていたとはいえ、随分乱暴に体を繋げてしまった。つらかっただろう、苦しかっただろうと思う。猛省した。
怒っていないと言われただけでも充分だったのに、さっきの言葉……。
「なあ、いいだろ? もう一回、もう一回言ってくれよ」
「ちゃんと聞いていないお前が悪い」
「そ、そんなこと言わずに……」
「いやだ。俺ばかりが何度も言うなんておかしい。お前だってなにか言ったらどうなんだ?」
「あ……え……お、俺?」
雪人はしっかりと寿夫にしがみ付いて離れない。
腕の中の、寿夫よりも華奢な肩が、僅かに震えていることに気付いた。
「頼む……寿夫……。俺に恥をかかせるな……」
聞き取れるか取れないかくらいの小さな声で雪人が囁いた。
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