86人が本棚に入れています
本棚に追加
タクシーを降り、ホテルのロビーへと入っていくふたりの姿を見ていても、寿夫にはまだ信じられなかった。
馨ほどの金持ちにもなれば、話をするのにもファミレスなどは利用しないのだ。静かなホテルのカフェで、香りの立つ高級な紅茶を優雅に飲みながら、洒落た会話を楽しむものなのだ。
――洒落た会話? 今宮と?
渦巻く疑念をいちいち否定し、その否定をさらに否定し疑惑に囚われていく。
寿夫の頭の中は混沌とした。
馨がフロントで部屋の鍵を受け取り、雪人を伴いエレベーターに乗り込む姿を見ても、否定の否定のさらに否定を繰り返していた。
馨は洒落たカフェでも展望レストランでもなく、客室に雪人を連れ込んだ。普通に考えれば、話をするためだけではないことは歴然だ。
それでも否定したい。
違うと思いたい。
雪人に限ってそんなことはあり得ないと思いたい。
ふたりが乗り込んだエレベーターの前に立ち、ついに寿夫は真っ白になった。
真っ白になったままマンションに帰りついた。
最初のコメントを投稿しよう!