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これもまた、妻と。
そして遺してしまった大事な相方であるタマの生活を心配したハチが私に与えてくれた幸運と縁。
そう思うだけで、筆は進む。
ただひたすらに。
思うがままに。
頭に浮かび上がる鮮明な景色が色あせないようキャンバスに筆をのせていく。
そこには、必ずハチがいる。
これには二つの理由があった。
一つはタマが喜ぶから。
私がハチの姿を一つ一つ残す度に、彼女が嬉しそうな声を上げるから。
二つ目は。
画廊の使い走りの慌ただしい男にも言ったように、ハチと私を重ねているから。
ハチが見つめる先の風景のどこかに、私は妻の面影を探している。
どこかに彼女がふわりと現れないだろうかと。
私は願っているのだ。
もしかしたら、描かれたハチもそうなのかもしれない。
一匹だけ、その景色の中に取り込まれた彼は、タマの姿を探しているのかもしれない。
とある展覧会で著名な美術評論家が私の絵を見てこう言った。
「どれもが温かく。どれもが寂しい。だからこそ人の胸に響くのでしょう」
その時は、何とも思わなかったけれど、後から思えば、これほど私の絵の核心を突いた言葉はない。
私は今日も絵に向かう。
妻への想いを筆にのせて――――
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