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「あー! 先生、ハナから俺の言いたいこと分かってたんだろぉ? まぁーったく。人が悪い」
唇を尖らせ、拗ねたようにボヤく男は、突然、「あっ」と呟いた。
彼の視線はイーゼルに立て掛けられた絵だけでなく、あちこちに置かれた描きかけのキャンバスにも向けられた。
「なぁ、先生。先生はよぉ~、いつも白と黒のブチ猫の絵ばっか描いているだろぉ? たまにはタマ吉も描いてやりゃぁいいのに。なんで、白と黒のブチ猫ばっかなんだい?」
不思議そうに小首を傾げる彼の言葉の通り。
私は色々な風景の中に自然と存在しているかのように、ブチ猫を一匹だけ描いている。
それが私の絵のシンボルにもなっているのだ。
「そうですねぇ……」
自らが描いた絵を見つめた後、静かに目を閉じると、昔、最愛の彼女にせがまれ、あちこちに旅行に出かけた時の光景が鮮明に思い出される。
「このブチ猫は私自身を投影したものですから」
含みを持たせた言い方で応えると、その意味をいまいち理解出来ていないのだろう。
腑に落ちない表情で「そうなんっすか」と何度も何度も絵に目をやっていた。
その時、壁掛け時計がボォンボォンと低い音色で十時の刻を奏でた。
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