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「いっけねぇ! おやっさんに怒られる」
店が始まる前には約束の品を持って帰らなくてはならなかった男は、彼らにとっては大事な商品となる『絵』を丁寧に風呂敷で包むと、「そんじゃ、先生。また後日」と慌てて玄関口を飛び出していった。
「まったく。せわしない人ですねぇ」
親しみを込めた視線で見送った後、静まり返った室内を見渡す。
ここにあるものも。
今まで描いてきたものも。
みな、最愛の妻と共に訪れた場所。
私の人生の中で輝いていた時間。
彼女の為に、安定した生活を送ろう。
彼女の為に、仕事を頑張ろう。
彼女こそが自分の全てであったと言っても過言では無かった私にとって、彼女を失うということは、光を失うことと同じであった。
生きる希望も。
生きる楽しみも。
生きる喜びすらも一瞬にして消え去ってしまった後。
人は一体どうなってしまうのか?
死にたいと思う気力すらもなく。
仕事も辞め。
人との関わりを断ち。
ただ息をし。
ただ眠る。
土に還ることだけを望む生ける屍となるだけである。
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