箱庭

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「あなたはちがうの?」  今まで虚空に向かって叫んでいた男の人は、ハッとしたように僕を見た。今の今まで、僕がいることに気付いていなかったみたいだった。僕が答えを期待して、じっと見つめていると、男の人は声の調子を少し和らげて、こう言った。 「そうだ。私は主の作る物語の、レールから外れてしまった異分子だ。これは私自身の意思で行っている」 「どうしてそんなことがわかるの?」 「一度神の視点を知ってしまった者は、決して元の視点には戻れないからだ」 「視点? 神の視点って何のこと?」 「次元が一つ上の存在が持つ視点さ。私たちは物語を読むとき、その本の登場人物としてではなく、本の読み手として頁を捲ることで物語に関わるだろう? それに、その本に主人公以外の視点で書かれたエピソードがあれば、主人公が知り得ない情報を持ちながら、彼らの動きを追うことになる。そして大抵、彼らは私たち読み手の存在には気がつかない。私たちは、登場人物達より一段高い次元にいるのさ。そこから彼らの物語を眺める視点が、いわゆる神の視点というやつだ」 「じゃあ、さっき言ってた箱庭って? 映画とかで使う、ミニチュアセットみたいなやつでしょ? 今の話と、関係があるの?」 「そうだよ。ここはミニチュアセットそのものだ。私たちはこの箱庭という舞台に用意された人形なんだ。用意したのは、もちろん箱庭の主さ。そして、箱庭の主は、私たちより一段高いところで、私たちの行いを管理し鑑賞している。私たちは、決して自分が作り物であることを認識できない。神の視点を得ない限りは」  男の人の目が「分かるかい?」と聞いてくる。質問責めにしたのは僕だけど、さっきから何だか難しいことを聞かされて、頭がパンク寸前だ。思わず眉間にしわが寄る。 「んー……よく分からないや。僕たちが本の中の登場人物で、箱庭の主っていうのが読み手ってこと?」 「この場合は書き手も兼ねるかな。その歳でそれだけ分かっていれば上出来だよ」  男の人はベンチから下りて改めてそこに座った。すると、さっきまで大分上にあった目の位置が、僕と同じところまで下りてきた。黒い目が上機嫌そうに笑っている。
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