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「もし興味があるなら、君もこっちへ来てみるといい」
「どうやって?」
「トンネルを抜ければ良い。どうだ、簡単だろ?」
僕はぎょっとして男の人の顔を見た。当人は僕のことなんかお構い無しで、楽しそうに自分の腿を叩きながら笑っていた。
「トンネルって、あの、駅の近くの古いトンネルでしょ?あれは通っちゃいけないって、決まりになってるよ」
「そんなもの、何の強制にもなっちゃいないよ。あそこには柵も扉もない。通りたかったら通ればいいんだ。今、君が登校班破りをしているように。要は心構えの問題さ」
「嫌だよ、何か、あそこ変だもん」
「そりゃ、向こうとこっちとのつなぎ目だもの。どうしたって変な感じはするさ。でも、慣れれば何ともない」
「絶対行かない」
僕は踵を返して歩き出した。暑いわけでもないのに、手にじっとり汗をかいていた。そうだよ、こんな所で油売ってないで早く宿題を終わらせなくちゃ。
「人生に絶対なんて、絶対ないぞ」
後ろから声が追いかけてきた。笑っている。ああ、きっと最初から頭のネジが外れてたんだ、あの人。そんな人の話をちょっとでも真面目に聞いていたなんて、馬鹿みたいだ。どうかしていた。
僕は足早に家路をたどる。早く帰らなきゃ、という一心で。でも、その間、さっきまでのやりとりが頭の中でぐるぐる回っていた。
『トンネルを抜ければ良い。どうだ、簡単だろ?』
頭に浮かんだ声をかき消すように、僕は駆け出した。
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