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あれから何年か経った。
あの後も公園の近道を使い続けたけれど、結局あの男の人には二度と会うことがないまま、僕は小学校を卒業した。今は代わり映えのしない高校生活を送っている。
だけど、たった今、僕は例のトンネルの前に立っている。別に、この七年で心変わりするような大きな出来事があった訳ではない。単純に、好奇心が嫌悪感に勝っただけ。そして、行動を起こしたのがたまたま今日だった。それだけのことだ。
トンネルの中は相変わらず真っ暗で、出口が見えない。駅の近くにあるはずなのに、近くには人っ子ひとりいやしない。あるのは駅前開発が進んでも一向に取り壊される様子がない、錆だらけの廃工場だけだ。
「……よし」
僕は愛用のママチャリを押して、トンネルの中へ入って行った。
トンネルの中はひんやりとしていた。湿度が高くて、時々水滴の垂れる音が聞こえる。そこに、足音と自転車のチェーンの音が加わって何重にもこだまする。自転車のライトが照らすコンクリの壁には、苔がびっしり生えていた。
何分か歩くと、行き止まりにぶち当たった。制服のポケットからペンライトを出して照らしてみるけれど、ただのコンクリの壁で出口らしきものは見当たらなかった。
なんだよ、どこが簡単だっていうんだ。抜けられないんじゃ、どうしようもないじゃないか。
何となく、こうなる予感はしていた。しかし、少年の日の思い出は美化されるもので、少なからず期待を寄せていた僕は、大いに落胆してしまった。
帰ってふて寝だな、などと考えながら回れ右をした瞬間、僕は滑ってバランスを崩した。咄嗟に行き止まりの壁に手をつくと、次は壁がゴリゴリと音を立てながらスライドした! 一瞬何が起こったのか理解できず、僕は後ろ向きに地面に倒れ込んだ。頭の後ろでゴチンと音がして、鈍い痛みが走る。濡れた冷たいコンクリに、大の字で転がった。ワイシャツが水を吸っていくのが分かるが、立ち上がれない。目の前がチカチカと点滅し、そのまま暗くなって、しばらくしないうちに何も見えなくなった。
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