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僕は自分の目を疑った。生身のはずの自分の体は、プラスチックのようなもので出来ていた。しかも制服ごとだ。関節の辺りにはモデル人形みたいな切れ込みと球体があるし、顔なんてほとんど塗装でできていた。とてつもない嫌悪感に襲われて、胃の辺りがむかむかしてきた。体が自由に動いていたらきっと吐いていた。
どうしようもない気持ち悪さに打ち震えていると、爺さんが鼻歌なんて歌いながら戻ってきた。手にはヘラやらヤスリやらが握られていて、またまたぞっとした。「欠けている」といったのは、こういうことだったのかと合点が行く。
何だか冷たいものが後頭部に押しつけられて、しばらくするとガリガリと石を削るような音と振動が伝わってきた。つけたり削ったりを数回繰り返したあと、僕はようやく解放された。
「さあ、君の町に戻ろうか」
大きな手のひらに掴まれて、僕は再び宙に浮かんだ。爺さんの手の中から見えた「僕の町」は、まさに箱庭と呼ぶのにふさわしい、ミニチュアの街のセットだった。
ふと気付けば家にいた。どうやって帰ってきたか、全く記憶がない。
自転車はちゃんと駐輪場に置いてあった。水に濡れたはずのワイシャツと制服も、泥汚れひとつないままだった。
僕は恐る恐る、自分の肘や、膝を触ってみた。弾力のある皮膚、筋肉と固い骨の感触。紛れもなく、生身の人間の体だ。手首に指を当てれば、脈がふれているのがちゃんとわかる。それなのに、さっきガラス越しに見た自分の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
『一度神の視点を知ってしまった者は、決して元の視点には戻れない』
七年前の男の言葉が反芻される。
「そうだな。こりゃあ、戻れないや」
全身に鳥肌を立てながら、僕はベッドに潜り込んだ。
自分の信じてきたものが、足下から崩れ去るような感覚。僕は布団を頭まで被った。ウサギを追いかけ穴へ落ちた少女の物語ように、これが全て夢であることを期待して、僕は眠りの中へ逃げ込んだ。
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