第一部 第三章

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 俺はじいさんから借りた腕時計に視線を落とした。  現在、十二時四十六分。順調にいけば十四時前に目的地に着くことができる。  それから二人を探し、帰るように説得する。日が暮れる前に帰れるだろうか?   二人を早く見つけることができれば、十分可能だろう。幸いなことに害獣の気配も感じられない。    あれだけ文句を言っていたのが、嘘のように気分が晴れている自分を感じていた。  「なんていう冒険者なんだ。俺は」    安堵にも失望にも取れる言葉が口からこぼれ出た。  羊の毛刈りという仕事を受け持ち、事件に遭遇したと思えばただの人探し。  もちろん、人探しは楽ではなかった。ここまで来ることは、決して楽なことではなかった。  しかし、本来冒険者がするべき仕事とは比べ物にならない。  平均的な能力を持つ冒険者が山に登るとすれば、その後に害獣やダンジョンが待ち受けているはずだ。  山を登ること自体は過程でしかなく、その後のことこそが目的になるのだろう。  とてもじゃないが、日帰りなんて不可能だ。    それに対して俺は、迂回コース三合目につくことを目的とし、それが終盤に差し掛かっていることを悟ると、安心している。  一体、これのどこが冒険なのだろうか? まるでピクニックだ。けど、俺にはお似合いの仕事だ。  「五年目の冒険者がピクニックか」    その言葉がこぼれ落ちると、情けなさというよりも罪悪感が生まれてきた。  五年という時間があれば、人は一体どれだけのことを成し遂げることができるのだろうか?   そんなこと考えたくも無い。俺は何もしてこなかったから。    なぜ、俺は何もしてこなかったのだろうか? いや、何もしてこなかったわけではない。  無能なりにも、仕事をこなそうと努力した時期もあった。けど、そのたびに自分の無力さを思い知らされる。  努力するたびに、自分の欠陥が明らかになっていく。    だから、何もしたくない。そうすれば、誰にも迷惑をかけないし、自分の無力さに気がつかないですむ。  けど、それですむほど世間は甘くないわけで、俺は何か行動を起こす。  けど、結局それは上手くいかない。新たなる欠点の発見。そんなループの繰り返し。    大きく増幅された罪悪感は他の負の感情を呼び寄せ、さらに醜い塊へと変化していく。
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