第一部 第三章

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 本当の無能力とは、努力を怠ることと言う人間もいる。実に正しい意見である。  だが、努力しても何も変わらない奴の方が、遥かに駄目なのではないかと最近思う。  総括すると、俺というかすのような人格がこの陳腐な入れ物に入ってしまった時点ですべてが終わっていたのだということに落ち着く。  俺が俺であった時点で、負けは確定していた。  まずくて飲むことが困難なワインが、小汚いビンに入っているのと同じだ。  誰もが見た目だけで飲むことを拒否する。それはそれで残念なことだが、一口でも味見をされたらさらに酷い事になる。  まずいワインを飲んだ人間は、不快感から含んだワインを吐き出すだろう。  怒りのあまりそのビンを叩き割る人間もいるかもしれない。  実に上手い例えだと、我ながら感心してしまう。俺の人間関係を上手く表現できていると思う。  もし、俺という人格が別の入れ物に入っていたらどうなっていたのだろうか?   こんなにも歪んだ人格でも大きな能力を持ち合わせていたらどうなっていただろうか?   「けど、結局俺は俺なんだ」    鼻から抜けた自嘲の笑いは、静かな空気に溶けていった。あまりに無意味な考えだった。    その後、俺は何かを考えるでもなく、ただ目の前の風景を眺めていた。  それは風景を楽しむという価値のあるものではなく、ただ前方にあるものを目に入れたといった感じだ。  途方に暮れていたといっても間違いではないのかもしれない。  それはある瞬間まで続いた。  白い絶望が頭の中を満たし、意識をつなぎとめる糸が切れる直前、物理的な波が一拍鼓膜に到達し、俺の体を小刻みに震わせた。  動物。それも恐らく哺乳類の鳴き声。  声は近くから発せられたように思えた。その声の主を確認するより先に、再び鳴き声が違う方向から鳴り響いた。  「害獣の声? いや」    威嚇のための鋭い叫び声というよりも、ケチャケチャと断続的に発せられる生理的に嫌悪感を与える鳴き声。    それがさまざまな方向から連続的に鳴り響いてくる。    これは距離のある仲間との連絡を取るための鳴き声。明らかに群れをなす動物の行動だった。  逆に言えば、群れをなすことでしか自身の身を守れない生物。決して、強大な力を持った害獣ではない。
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